『募る予感』第十四回  広橋勝造 サンパウロ
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第二十九章 女神

 大橋と三井はジェシカの道案内で秘密の洞窟へ入り、M2への近道へ抜け出ようとしたが、出口で火攻めに会い、危険な二酸化炭素の煙から逃れる為、比較的安全な横穴を見つけたが、進む事も引き返す事も出来なくなっていた。

 

 洞窟の外では、

 

「(奴等、窒息死したかも、もう充分だ、火を止めろ)」

出口の男達は投火を止め、洞窟への進入の準備を始めた。

 

 三井は横穴に入って来た煙が穴の奥に向かってゆっくり流れているのに気付き、

「先輩、ライトを・・・、この奥を調べます」

 三井はライトを持って横穴の奥に向った。二十メートルほど起伏の激しい地面を進むと大きな窪みに出来た池で行く手を遮られた。数メートル先に小さな洞窟が続いているのが確認出来た。三井は池に身を沈め片手で泳ぎ、少し手間取って向こう岸に這い上がり、更に湿った地面を何度か滑りながら上って行くと大きな広場に出た。

三井は広場の壁をライトを当てて隈なく調べたが、出口らしい穴は見つからなかった。三井が諦めて戻ろうとしたその時『エスペラ!(待って!)』と確かにジェシカの声が広場に響(ひび)いた。

三井が驚いて後ろを振り向くと、一筋の細い光線が広場を横切っていた。

 太陽光線が丁度小さな穴の角度に一致したのだろう。反対側の壁に針穴写真機の原理で写った太陽が描かれ、その周りの方解石の壁が星の様に煌めいていた。

「デウス!」(神よ!)、抜け穴があった。三井はどうしてジェシカかが? ジェシカの声は自分の妄想だと思った。

「先輩、抜け穴があります」

 大橋は三井とジェシカの助けで、よろけながら立ち上がった。

 

 一筋の光線で美しい宮殿の様になった広場に三人は辿り着いた。

 ジェシカは濡れた着衣も気にせず、余りにも美しい別世界に両手を拡げ、天女のように舞い踊った。

「(きっと、これは神様が助けに来て下さったのよ)」

「(いや、女神だ)」

 

「三井、手を貸してくれ」

 大橋は三井の助けを借りて光を放つ穴の壁に登り、木刀で穴の周りの石灰石を砕いた。

数分後、体が通れる大きさに広がった穴から大橋は外に這い出た。

 ジェシカも三井の肩に登り、大橋の後に続いた。

「(奥に明かりが見えるぞ!)」と、追手の声がした。

「出口を塞いで下さい! 暗闇にすれば勝目があります」と三井は大橋が差し伸べた手を断った。

「俺も!」大橋は穴から転げ落ちるかのように広場に戻った。

「(ジェシカ! 塞ぐんだ! 塞げ!)」

 ジェシカは自分の意志に逆らい、三井の強い語調に従った。

 大橋と三井は真っ暗くなりかけた広場の入口に戻り、左右に分れ、身を隠した。

 

「(急げ!)」とライトを持った男を先頭に数人が続いて入って来た。

 先頭の男はライトを足元に置き、ライフルを肩から下ろし、まだ光線がわずかに残ていた穴に向かって数発撃ったが、穴は塞がれた。

 地面に置かれたライトが何者かに取られ宙に浮き消された。広場は真っ暗闇になった。

 ライトを失った男が、

「(うっ!)」唸った。三井が木刀でその男の頭を打ち砕いていた。

 一人がライターを点け、

「チェエヒ! (どうした!)」

 大橋が間髪入れずにその男の脇腹を突いた。男はライターを持った手で大橋の木刀を防ごうとしたが払いきれずそのまま蹲(うずくま)った。

 暗闇に静けさが戻った。残った男達は真っ暗闇で、傾斜した地面に足を取られ、時間が経つにつれて上下の感覚までおかしくなり立っていることさえ難しくなり、両膝をついた。大橋は元の位置で壁に背を寄せ、三井も肩を壁に寄せ、目を瞑り、静けさを保った。閉じたまぶたに残りの二人の最後に見た残像が浮かんだ。一人は右前方四メートルに深い溝の手前で止まっている。もう一人は左斜め前六メートルにこれも溝の前で止まっている。三井は、右の男を狙い、目を閉じたまま四歩進み、男まで残り二歩の距離を予想、一呼吸し棒を横に構え一気に進み棒を振った。棒は『ブッ』と風を切り、手応えが無った。閉じてるまぶたに地面に膝をついている男の像が現れ、三井はその像を蹴り、男は三井の蹴りを左肩に受け上下の感覚を失い溝に落ち、数千年かけて出来た石灰石の尖った無数の柱の中に落ち、もがいて息絶えた。一人残った男が立ち上がりライフルを数発発射して反応を待った。大橋はライフルの発射光に集中し、木刀を腹に寄せ、突き進み、得意の突き技を腹から力一杯圧(お)し出すと、確かな手応えがあった。男の悲鳴が洞窟に響いた。

 

 大橋の助けで壁に登った三井が穴を押し開けると、パッと一筋の光線が広場に差し込んだ。その穴からジェシカの顔が現れ、残りの小岩を取り除き手を差し伸べてきた。太陽を背にしたジェシカの赤い髪はコロナのように輝き、それは、空から舞い降りた天女の様であった。

 

 三人が木々がない岩山に出ると、遠くに目指すM2の古い水産加工場が見えた。

 

第三十章 洞窟突破

 ジョージ達から距離を置いて後を追っていた軍曹と特殊部隊、その後に二人の護衛兵を従えたマリオ中尉が、まだ漂う煙に進行を阻まれていた。

 ノートブックの画面を見ていた兵士がマリオ中尉に、

「(『A』信号キャッチ、洞窟を突破したと思われます。ここから南西一キロ足らずです)」

「(日本人の命知らずめ!)」口とは反対に、ジョージは安心した。

 そこに、捨てられていた二つの防弾チョッキを持った兵が現れた。

 ジョージは防弾チョッキを着け、残りをアレイショスに渡した。

 マリオ中尉がアレイショスを呼び、

「(煙が少し減ってきた、君達が先行してくれ。君も知ってる様に、我々は民間人救出の名目で行動したい。それにあの女も)」

「(カロウも?)」

「(何度も言うが、民間人が都合が良い)」

「(従兄、これ以上、女の同行に反対だ)」

「(ここで従兄と呼ぶのは控えろ、任務に支障を来たす)」

「(何に今更ー! 信頼する従弟だから、この仕事を頼めると言ったくせに)」

「(命令だ!)」

アレイショスを無視して、

「(カロウといったな、アレイショス警部と一緒に行動してくれ)」

「(勿論。ジェシカに会えるまで頑張るわ)」カロウは微笑に意志の強さを加えた。

 

 アレイショスはジョージとカロウに遅れて洞窟に入った。視界はまだ四、五メートルである。

「(地面は平面で歩き易かったわ。でも、頭に気を付けてね)」そうカロウが言い終わらない内にアレイショスが頭を打った。

 途中の横穴への分岐点で、ジョージは地面が平らな左側に進んだ。視界が悪い所為でカロウは別れ道にも気付かずに右に入り、アレイショスもカロウに続いた。直ぐにカロウは地面が平らでない事に気付き、

「(何処かで間違えたわ。こんなに凸凹じゃなかった)」

「(カロウ、引き返そう)」

そのまま後戻りしてアレイショスが先頭になり、分岐点に気づかずにそのまま入口に戻ってしまった。カロウは右に折れてジョージの後を一人で追うことになった。

 

 煙が少なくなり視界が良くなってきた出口付近の明かりが見え、外の男達の気配が伝わってきた。ジョージは拳銃を抜いて、洞窟の窪みに身を隠しした瞬間、その前を女が通った。

 洞窟の外で、

「(女だ・・・、捕まえろ!)」

 カロウはジョージに早く追いつきたくて先を急ぎ、そのまま洞窟を出てしまったのだ、男達は我先にとカロウに飛びつき、必死に暴れるカロウを押え付け、着衣を引き裂いた。

「(止め!・・・)」叫ぶカロウの口を一人が塞ぎ、

「(勿体ねー、殺す前に楽しもうじゃねーか。・・・いい加減に観念しろ!)」必死に抵抗するカロウを後ろ手に木に縛りつけた。

 平手打ちを食らい気を失ったカロウの真っ白な裸体はセックスの蜜の塊となって、密林の濃い緑の中に眩しく浮かび上がった。商品と呼ばれる女達に近づく事も厳しく禁止されていた男達は理性を失いカロウに飛び掛かった。『勿体無い』と先導した髭男がカロウの乳房に武者振りついた。

 後回しになった二人は髭男に背を向け、洞窟の出口を見張るふりをして、自分の番を待った。狂った髭男は的を外し、簡単に果ててしまった。

 もう一度と萎えた一物で迫る髭男にこれ以上待てないとライフルを担いだ男が交代を促した。

 一見冷静に見えたライフルを担いだ男は目前の甘い蜜の塊に圧倒され、ライフルを投げ捨て、狂った動物と化してカロウに飛びついた。      

その瞬間を狙ったかのごとく、ジョージは洞窟から飛び出し、第一弾を狂った動物に、第二弾を順番待ちのライフルを手にした男に、第三弾を酸欠した頭でだらしなくズボンも上げていなかった髭男に撃ち込んだ。

 

 ジョージは男の屍からシャツを剥ぎ取り、カロウを被い、木から解いた。地面に崩れ落ちるカロウをジョージは素早く支え、地面に横たえると、未だ息ある男の頭に銃弾を撃ち込んだ。

 気を取り戻したカロウは汚れた体を、布と土手から染み出る水で清め、ジョージに、

「(ありがとう。助けてもらって)」

「(一番いいチャンスを狙ったんだ。遅れて、すまなかった)」

「(気にしないで、この位の事。この通り無事よ、有難う! )」

 カロウは倒れている男のズボンを、短く切り、身に付け、

「(さぁー、行きましょう)」

「(アレイショスが居なくなった今、お前が俺の相棒だ)」落ちているライフルを拾いカロウの肩にしっかりと当てがい、

「(こう持つんだ。それから、このレバーをスライドさせ、銃身の後ろのピンを下ろし、そうだ! 撃つ準備が出来た。引金を引け)」

『ダーン』

「(今度はあの木の幹を狙って)」

『ダーン』

「(当たらなかったわ)」

「(本番で当てろ。さっ、行こう!)」

 

 

第三十一章 爆破

先行の大橋達三人は横穴を発見し洞窟を突破し、海岸沿いを伝ってM2の水産加工場へ向かった。

 

 水産加工場で、揉上げを長くした男ジェハーが、

「(いくら何でも、この時間まで帰ってこねえとなれば、洞窟での阻止にヘマした様だ。たかが東洋人に・・・。ファブリシュエ! 急いで皆を集めろ!)」

 

 十数人の男達が集まった。中には白衣や青い作業服姿の者も混じっている。

「(裏切者が洞窟を通って、ここに向かっているようだ。見つけ次第殺せ)」

 ジェハーが一人の男に、

「(マーノ! 奴等が戻れないように洞窟の出口を爆破しろ)」と命令した。

 

 大橋と三井達はジェシカの先導で、

「(こっちよ!)」

「(近道だが、敵の真っ只中だ)」

「(海と陸の間は彼等の盲点よ)」

「先輩、敵は運河沿いは監視が緩いそうです」

「俺もそう思う、行こう」

 三人は運河沿いにM2に向かった。

 

 ジョージとカロウと逸れ後戻りしてしまったアレイショスがもと来た洞窟の入口から出て来た。マリオ中尉と小隊を見て後戻りに気付き、

「(どうした? アレイショス)」

「(あれ! ジョージとカロウに逸れたようだ)」

「(煙も少なくたってきた。軍曹! 急げ!)」

「シン、セニョール!」装備を軽くした軍曹は二人の部下を連れて洞窟に入り、その二分後、中尉が小隊を率いて洞窟に入った。

 取り残されそうになったアレイショスは慌てて、その後に続いた。

 

ジョージとカロウは先行の大橋達を追って秘密の洞窟へ入ったが出口で苦戦したが、やっとの思いで突破し、M2に向かって、険しい密林に分け入った。

 ジョージは前方に人の気配を感じ、手でカロウの口を塞ぎ木陰に引き入れた。その瞬間、二人の横を『DINAMITC』と記された木箱を担いだ数人の男達が通り過ぎた。間一髪で鉢合わすところであった。

咄嗟に、それが洞窟の封鎖だと悟ったジョージは、カロウのライフルを取ると【此処にいろ】と指示し、男達の後を追った。

ジョージから離れたくなかったカロウはジョージに続いた。

 

 ジョージの予想通り、男達はダイナマイトで洞窟の出口を塞ぐ準備にかかった。二人の男が『DINAMITC』の木箱を開け、マーノと呼ばれる男はダイナマイトの仕掛け位置を決めようと洞窟の出口付近の岩の裂け目を調べ、もう一人の男と導火線を引き始めた。

 

 ジョージは男達に二十メートルまで近づいたが、見通しが悪く、十メートル程逆戻りして、岩にライフルを据えた。

横からみる『DINAMITC』の木箱は難しい的となったが、ジョージは息を止め狙いを定め、引金を引いた。

『ズドーン』

轟音と共に『DINAMITC』の木箱は大爆発し二人の男が吹っ飛び、マーノともう一人の男は辛うじて、洞窟に転がり込んだ。

カロウは爆発に驚いてジョージにしがみついた。

洞窟に転がり込んだマーノ達は軍曹に付随するジャプラ兵と出会いナイフで処理された。

 

 ジョージは洞窟の出口に倒れ込んだ男が現れるのを狙って辛抱強く待っていた。人影が現れた瞬間、射止めたと思ったが、その人影は傷つき洞窟に素早く引っ込んだ。

 最初からフェイントを計算した動きと、一瞬見た軍帽から軍曹だと気付いた。

 

 洞窟の中で軍曹が左腕の傷の応急手当をしているところにマリオ中尉と小隊が着いた。

「(どうした軍曹)」

「(狙撃が外に・・・)」

「(煙幕を張れ!)」

 兵隊が三個の発煙筒を洞窟の外に投げると見る見るうちに白い煙が洞窟の出口一帯を被った。

「(奴等、教科書通りの行動だ)」そう言ってジョージはカロウの手を取ると、コマンドMの男達が屯(たむろ)している密林に入った。

ジョージは、直ぐに、男達が横に一列になって前進してくるのを発見、後戻りを強いられた。

五分程密林を走ると、ジョージはカロウがこれ以上走れないと分かると、

「(休むぞ。未だ発見されていない、大丈夫だ)」

「(・・・)」カロウは大きな息をして頷いた。

ジョージが太い蔦をナイフで切り落とすと、その切り口から綺麗な水が滴り始めた。ジョージはカロウにそれを勧めた。

「(美味しいわこの水、私、初めて人に優しくしてもらった)」

「(初めて? 当り前の事をしたまでだ)」

「(私にとって、その当り前の事が・・・)」そう言うカロウをジョージには珍しくそっと優しく引き寄せ、二人は密林に分け入った。

 

「(いたぞー! 男と女だ!)」ジョージ達は発見され、洞窟とは別の方角に追い詰められた。

 

 M2のボス、ジェハーのところに、作業服の男が駆け込んできた。

「(洞窟の前で爆発が起こり数人が吹き飛ばされてしまった)」

「(マーノの奴、ヘマしやがったな)」

「(侵入者は男と女で、墓場の方に逃げました)」

「(男と女? ファブリシュエ、可笑しいと思わないか? 『東洋人とタトゥアージェンがこちらに向かった』とピエーは言ったが、男と女?、納得出来ない。ダイナマイトで洞窟を塞げなかったマーノ、洞窟に入ったまま消えたチエヒ、M1での商品の逃亡、どれを考えてもこの男女二人だけの仕業とは考えられない)」

「(ジェハー、すると別のグループが・・・)」

「(墓場に追いやった男と女の他に、別のグループがいる。奴等の目的はもしかすると、M2の商品を逃がす事だ。きっとあの建物を目指している。ファブリシュエ、墓場には出口がない。慌てずに始末しろ。俺はあの建物に別のグループを誘い込み、ゆっくり料理する)」ジェハーはほくそ笑んだ。ファブリシュエは手下を四人率いて、ジョージとカロウの後を追った。

 

 大橋と三井、ジェシカ三人は木々に紛れて運河に胸まで浸かり、追手の目から逃れ、M2の水産加工場へ近づいていた。

 その前を一隻のボートが通り過ぎた。

 三人は水中に潜り難を逃れた。

「先輩、騒ぎが治まりませんね」

「きっと、ジョージも洞窟を突破し、約束通り我々を追っているんだ」

「すると、彼も袋の鼠となって追い回されてるのですね」

「このチャンスに、あの建物に侵入するんだ」

 

 

第三十二章 墓場の洞窟

 ジョージとカロウは追手を逃れ、更に森の奥に分け入った。緩い下りを百メートルほど下りると、二面を大きな岩壁で囲まれ、行く手を阻まれた。この一帯は石灰岩の山であちこちに大小の洞窟が点在している、前面の岩壁に不気味な洞窟が口を開けていた。二人は自然にその洞窟の中に逃げ込んだ。数体の白骨が目に入った。カロウは目を閉じ、ジョージにしがみ付いた。

「(何だこれは、きっと墓場だ。仕方ない、入るぞ)」

目を閉じたままカロウは、ジョージの手を強く握り肯定の意思を伝え、二人は洞窟の壁に凭せ掛ける様にして最近捨てられた二体の屍骸と三十体以上の白骨の間を縫って洞窟の奥に進んだ。

 男達の声が聞こえてきた。

「(墓場に追い込んだぞ)」

「(他に逃げ道が無い、慌てるな! 奴らは墓穴に入ったも同然だ)」

 崩れ落ちた三メートル程の小石の山にジョージは行く手を塞がれた。

 その時、座るように壁に置かれた白骨死体が横に倒れた。すると、その後ろに人がやっと通れるほどの穴がポッカリ現れ、新鮮な空気が強く吹き出した。倒れた白骨死体が『此処に逃げ道が』と教えてくれた様に思えた。二人は穴に這い込み、中から塞ぐと、穴の奥に明かりが見え、十メートルほど進むと、天井に緑の木々と青い空が広がる円形の広場に出た。

 

 数人の男が、ジョージとカロウが逃げ込んだ洞窟の前に集まっていた。それに、新しくファブリシュエの一団が加わり、

「(中を調べろ)」誰も入ろうとはしなかった。ファブリシュエは一番若い男に強制した。

 強制された若い男は暗い洞窟の中に向かって軽機関銃を一噴きしてから、恐る恐る入り、二分後、男は洞窟から出てきた、

「(誰もいない。屍ばかりだ)」

「(何?! 誰もいない? もう一度よく調べろ!)」

新しく二人の男が洞窟に入った。

「(俺は男と女が逃げ込むのをこの目で見たんだ。しかし、本当に誰もいない!)」肩を上げ下げしながら二人の男も戻って来た。

 

第三十三章 ジャプラ族

 ラップトップ上の『A』信号を追って、M2へ向かっているマリオ中尉と軍曹の小隊は、『A』信号とは違う方角から軽機関銃の一噴きを聞き、軍曹は偵察を走らせた。

十分後、偵察から戻った兵が息を切らし、

「(小さな洞窟の入り口に、・・・、男が、十四人)」水を一口飲んで、

「(中に男女が逃げ込んだ、と騒いでいます)」

 マリオ中尉は『A』信号が別の方角にある事と一組の男女と言う事でジョージとカロウと判断した。軍曹が、

「(逃げ込んだのはウエムラに違いありませんね。彼を葬るチャンスです)」と囁いた。

「(ウエムラを葬る?)」

「(ウエムラは作戦を知り過ぎております)」

「(軍曹、ウエムラの前で・・・)」

「(敵を処刑しました。ウエムラもそこで処理しようと思ったのですが、アレイショス警部が現われ、チャンスを逃しました)」

「(洞窟の出口で、狙撃したのはウエムラだな)」

「(そうですよ)」軍曹は傷をさすりながら言った。

「(アレイショスが云った通り、ウエムラはプロだ)」

「(ですが、ウエムラは危険な奴です。消しましょう)」

「(ウエムラを助けろ!)」

「(えっ? し、しかし中尉、ウエムラはこの作戦に怒ってばかりで協力的ではありません。それに、我々の秘密を知り過ぎております)」

「(だが、協力を断れない人格だ。それに、想像以上のプロだ。秘密を守る事もきっとプロだ!)」

「(畜生! ウエムラめ、あの時、処理しておけば・・・)」

「(軍曹! お前らしくないぞ)」

「(中尉こそ)」

「(私は軍曹やアマゾンのインディオほど野蛮ではない)」

「(インディオは野蛮ではありません! 自然です! 広大な密林の中では サルもヘビも、木も花も、それに人間も全てアマゾンに生息する生物の一つで、喰ったり喰われたり、殺したり殺されたりはただの自然現象です)」

「(だが、彼等が勇敢なのは、野蛮だからだろう)」

「(違います! インディオの社会は平和です。人間同士の敵対関係を経験した事も無く、敵の恐ろしさが分からないのです。それが見方によって勇敢に見えるのです)」

「(どうしてこんな精鋭部隊になったんだ?)」

「(彼等には、ただ密林で生き抜く為の行為です。自然な行為だと理解していただければ・・・。もし、彼等が本当の人間社会の恐ろしさを知ったら失望し、自殺してしまうでしょう。近代化が急速に進んだマトグロッソ州では白人の厳しい競争社会と接触したインディオの自殺が絶えません。悲惨な状態です。残念ながら、彼等の自殺は統計にも載りません)」

 アマゾンの大自然に呑まれ、野生化してしまった軍曹を理解できず中尉は返答に困り、

「(私は君ほど自然ではない)」でこの問答を終らせた。

「(さて、マントバーニ軍曹の自慢のグゥワラニー族作戦を見たい)」

「(グァラニー族ではありません。彼等はジャプラ族です。ジャプラ族は保護地に不法侵入した宝石採掘の山師達にあの無知で無謀な勇敢さで立向かい絶滅の危機に立たされていました。それを私が軍規を破って国境を超え、彼等を救い・・・)」

「(分かった。そのジャプラ族作戦を是非見せてくれ)」

「(承知しました!)」軍曹はジャプラ語で命令を下した。

 兵士達はヘルメット、背嚢、防弾チョッキも脱ぎ捨て半裸になり、ゼニパポと云う黒い染料を、木の皮の裏から取った樹脂と混ぜ天然の黒いペンキを作り、腕に隊の腕章を描き入れ、そして、背嚢の中から三十センチ位のプラスチック製の筒を三本取り出し、捻じ込んで一メートル足らずの管に組み立て、サラバタナと云う狩りに使う吹き矢の筒にした。脱ぎ捨てた軍服や背嚢を草むらに隠し、拳銃、大型のナイフと吹き矢を持った裸足で裸の軍団が整列したのは命令から僅か数分であった。

 軍曹が、

「(ジャプラ特殊部隊、準備完了)」と敬礼すると、マリオ中尉は、

「(ウエムラの救助を命ずる)」と言って敬礼に応えた。

「(承知しました! 必ずウエムラを生け捕りにします)」そう言って、再び敬礼する軍曹にマリオ中尉は苦笑してしまった。

 軍曹の率いるジャプラ特殊部隊はジョージとカロウが逃げ込んだ洞窟に向かった。

 

 墓場と呼ばれる洞窟の周りに、十数人の男達が屯(たむろ)していた。洞窟から出てきた男達が、

「(確かにいません)」

「(しかし、奴等はこの墓場に逃げ込んだのだな! すると、奴等は亡霊か?)」

 男達は二、三歩さがって、

「(あの二人が亡霊?・・・)」

「(ここにはもう百体以上が捨てられている。もしかすると・・・)」

 

 十一人のジャプラ兵は墓場の洞窟に接近した。

 

― サラバタナの射程距離は十メートル足らずで、シャツの上からでも肌に三ミリ毒矢が刺されば致命傷となる。矢はトゥクンと言うヤシの木の硬い繊維を裂いて作られた細い十四、五センチ程の針に、カンボやブフスと云う蛙の肌から取った毒が塗られ、羽根にはこれもヤシの木から取った綿(わた)が巻き付けられている。五、六秒で心臓の鼓動を暴走させ、十秒後に強い吐き気を伴い、呼吸が乱れ、死に至る恐ろしい武器だ。 ―

 

 男達の声が僅かに聞こえる範囲を第一接近距離と設定しているジャプラ隊は、そこで止まると一斉に毒を塗り、その矢を筒の中に入れ、第二の射程距離まで音も無く進んだ。

 左端から順に標的を決めると一斉に矢を吹いた。矢を食らった男達はチクリと虫に刺されたのかと痛みのある部分に手をやった。三秒後、二回目の吹き矢が残りの男達に放たれた。一人が、

「(吹き矢だ!)」と叫び、軽機関銃を藪に向け乱射しながら倒れた。既に全員が麻痺を起こし、よろよろと地面に膝を着き、尻から倒れ、上向きになり口から泡を出し、意識を失った。

 一人のジャプラ兵が乱射された軽機関銃で腿を撃たれ出血していた。即座に、二人の看護兵が駆け寄り、植物の繊維で負傷した太腿を強く縛って出血を止め、抗生物質に匹敵するクラジウの草を強く揉んで傷口に充てて消毒し、その傷口を大きな葉で包み、二本の小枝を腿に平行に添え、繊維で縛り確(しっか)り固定すると、アマゾンの奥地で取れる痛み止めのウシアマレロとコカインを負傷兵に飲ませた。

 血止め、消毒、痛み止めを、二分以内で終らせた。どんな近代的な救急治療よりも短い時間であった。更に、インディオの強壮剤と云われるミラクラマを飲ませ、負傷者を真中に全隊員で輪を組んで祈り、心のケア、つまり精神的なケアーまで施し、最後に『ホウ』と叫んで輪を解くと、負傷者は自力で何とか立ち上がった。

                                  つづく


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