私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

2007年04月

イメージ 1

イメージ 2

正木 さま
TOMOKOさんのトロント猛虎会の皆さんへの2003年度優勝記念ライター10本は、殆ど皆無と思われる阪神タイガースグウ-ズの貴重品として宮崎オーナーからの届け物以上?皆さんに喜ばれました。サンパウロの猛虎会へのお裾分けを松本会長から申し出がありましたが絶対又捕まる事確実で今回はご遠慮しました。

下記の通りトロント猛虎会の松本会長から宮崎オーナー宛てにお礼状が出ています。参考までに転送しておきます。尚添付の写真は、blogに貼り付けておきます

株式会社 阪神タイガース
宮崎 恒彰 オーナー様

この度は私たちトロント猛虎会に心温まる書状を賜り心から感謝
申し上げる次第であります。頂戴しましたメッセージはブラジル
猛虎会の和田氏が代読下さり、歓迎会に馳せ参じたトロント猛虎会
の足立理事夫妻,小沢理事夫妻、丸木幹事、永井幹夫妻 及び和
田氏
の知人である斉藤氏と私たち夫婦計10名を完全に魅了し、全員が
宮崎様の暖かいお人柄に感服した次第です。このメッセージは近く
開催されるトロント猛虎会「岡田V2祈念決起大会」で会員全員に
披露させて頂きます。そしてご恵授賜りました貴重なグッズの数々は
決起集会時にドアープライズとして当選者に手渡させて頂きます。

宮崎オーナー様、この度はすべて文字通り感謝、感激です!! 
重ねて心から感謝申し上げます。海外に居住する私たちは少年時代
から変わる事無い熱烈な阪神タイガースフアンですが、宮崎様の
メッセージは阪神タイガースフアンである喜びを噛み締める事を
可能にして下さったひと時でした。

今年の大躍進を祈念しつつ感謝のメールとさせて頂きます。

ご機嫌よう!
トロント猛虎会会長
松本 寔 (Makoto Matsumoto)

添付:婦人4名に囲まれてご機嫌の和田さま
   六甲おろしを高らかに歌う男性たち

イメージ 1

イメージ 2

ワールドカップのブラジル優勝の最終戦が行われた新横浜駅近くのJOB社で2日間仕事をしていますが、サンパウロから来ているNECIPA社のマルコス社長がニッサンスタジアムまで行きたいとの事で本日午後成田に向う前に見学に行く予定にしていますが、昨日成田から新横浜駅前のグレースホテルまでタクシーで向う途中に見えたニッサンスタジアムの写真を貼り付けて置きます。車の中から撮ったもので上手く全景が入っていません。日本最後の仕事場JOB社前で尾花さんとマルコス社長の写真も貼り付けて置きます。

イメージ 1

イメージ 2

神戸では母の墓参りの後、三宮のOFF会までに少し時間があったので神戸の移住センターに立ち寄りましたが開場が11時からとの事で諦め諏訪山の懐かしいトンネルを超え新しい名所ビーナスブリッジまで車で登りました。縁結びの証拠、象徴として持参した錠前を鉄の柵に付けて錠を締め鍵を一つずつ持ち帰るのだそうです。

東京駅構内にあった香港の写真が気にいりカメラに撮り入れました。
香港に2度行っていますが、ホテルでCHK outしている間に置き引きに合い苦い思い出がありますが(買いたてのカメラも一緒に持って行かれ香港の写真が一枚もありません)また行って見たい場所の一つです。

イメージ 1

昨年、ポルトアレグレに来て我が家に5日間泊まって行った田中 智樹君がお母様と共に新横浜駅前のグレースホテルまで会いに来て呉れました。現在本田技研工業株式会社 四輪営業統括部 NR推進室 エリア企画ブロックという部署にお勤めだそうで埼玉県の和光市まで通って居られるそうですが近くの横浜線沿線に住んでいるとの事で沢山尾お土産を抱えて会いに来て呉れました。どうしてブラジルまで持ち帰れば良いのか嬉しい悲鳴を上げています。
日本滞在最後の写真、横浜ミニOFF会の写真をを貼り付けて置きます。

↑このページのトップヘ