私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

2016年04月

勢古口 順さんのJ REPORTが届いています。題して「三度目のスペイン」(その4=終わり)

「マドリード」


4月26日(火曜日)「マドリッド」
まずはスペイン広場に行く。ここにも大きな塔が立っていた。(写真104:スペイン広場)
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背後に高層ビルが建っている。広場の中心に「ドン・キホーテ」と従者「サンチョ・パンサ」の像が建っている。(写真105:ドン・キホーテの像)
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彼らの像の後ろが作者のセルバンチェス氏の像だ。
不思議に像に群がる中国人。人迷惑を全く考えない利己主義の人種だ。だから世界中から嫌われる。次に向かったのが「宮殿」、なんと3000もの部屋があるという。表に「フェリペ4世」の騎馬像があった。彼の時代、スペインの植民地では日が沈まなかったというほどの領土を持っていたという。(写真106:フェリペ4世の像)
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(写真107:宮殿)
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マドリード市内では貸し自転車が活躍していた。年間600ユーロ払えば使えるらしい。電動式だという。(写真108:電動自転車)
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乞食もいた。(写真109:乞食の女性)
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市内の中心部の「太陽の広場」を通過。ライオンの像があった。(写真110:太陽の広場)
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「プラド美術館」
ここは素通り出来ない場所だ。残念ながら撮影禁止でした。(写真111:プラダ美術館全景)
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(写真112:プラダ美術館入り口)
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さあっと1時間廻って説明を受けたのは、「受胎告知」(フラ・アンジェリコ作)、「七つの大罪」(ボッス作)、「自画像」(デュラー作)、「弟子たちの足を洗うキリスト」(ティントレット作)=これなどは最後の晩餐の直前を描いているもので素晴らしい出来だ。遠近法により本当に絵の向こう側にテーブルと人々がいるかの如く錯覚するほどの出来栄えだった。「羊飼いたちの礼拝」(エル・グレコ作)、「宮廷の侍女たち」(ヴェラスケス作)、「裸のマハ」と「着衣のマハ」(ゴヤ作)=傑作中の傑作だろう。当時のタブーを破って裸婦を描いたものだ。「カルロス4世一家」(ゴヤ作)=これなど絵の前で実際には観えていない国王と王妃を絵描きが描くものを後ろの鏡を通して観させるなど実に高度で緻密なものだ。「マドリード市民の処刑」(ゴヤ作)=フランスのナポレオン支配下にあったマドリードで市民が蜂起して失敗し、処刑される場面を描いたもの。実に素晴らしい。最初の「受胎告知」は美術館ガイドの表紙に描かれている。(写真116:受胎告知)
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「快楽の園」(ボッス作)は売店の壁にレプリカがあった。(写真113:快楽の園)
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裸婦を描いたものは表にゴヤの像の下に彫刻として置かれている。(写真114:ゴヤ像)
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(写真115:裸のマハ)
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美術館の前に「ヘレニモスレアズ教会」がある。(写真115-2:教会)
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もう一度「コロンブス広場」を廻る。大きなスペイン国旗がはためいていた。(写真117:コロンブス広場)
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(写真121:広場と国旗)
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またまた道路沿いに車に近づく物乞いを見掛けた。(写真122:物乞い)
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貧富の差は大きいのだろう。

「トレド」

「トレド」
古都トレドは日本でいえば奈良のようなものらしい。16世紀後半に首都がマドリードに移るまでスペインの首都だった街だ。奈良とは姉妹都市契約を結んでいるという。悩みはマドリードから近いので日帰り客ばかりで宿泊しないのでお金が地元に落ちないということらしい。最近は週末は「ライトアップ」することにより経済効果を狙っているとか。
突然、旧市街が観えた。凄いパノラマだ。右から宮殿、真ん中の塔が大聖堂だ。(写真123:トレド旧市街)
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駐車場でバスを降り、エレベーターで100m以上登る。(写真124:エレベーター)
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新市街地も観える。統一された美しさだ。(写真125:新市街地)
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きつい坂道をえっちらおっちら登る。(写真126:坂道)
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いよいよ目的の一つの教会に着く。ここにはゴヤの最高傑作の絵がある。「聖オルガス伯爵の葬式」がそれだ。残念ながらここも撮影禁止だ。(写真127:教会前)
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(写真128:教会前)
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オルガス伯爵が多額の遺産を、教会に残したので、彼の葬儀の絵がゴヤに発注されたもので、高さは5mもある。凄いものだった。紹介できないのが実に残念だ。次が大聖堂だ。スペインのカソリック教会の中心に位置する権威ある教会だという。規模も凄い。(写真129:大聖堂正面)
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ファザードに「最後の晩餐」が刻まれていた。(写真130:最後の晩餐の場面)
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水面に映る大聖堂だ。(写真131:逆さ大聖堂)
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大聖堂内部をご紹介しよう。ステンドグラスが美しい。(写真132:内部)
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(写真133:内部)
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(写真134:内部)
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(写真135:内部)
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祭壇がより権威を高めている。(写真136:祭壇)
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(写真137:祭壇の最後の晩餐の彫刻)
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内部は撮影可で「エル・グレコ」の絵も沢山あった。彼は「ギリシャ人」というあだ名で呼ばれていて、それが本名に変わってしまったが、れっきとしたギリシャ人だ。

(写真138:エル・グレコの絵)
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(写真139:エル・グレコの絵)
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(写真140:エル・グレコの絵)
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「ラファエロ」の絵もある。(写真141:ラファエロの絵)
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(写真142:ラファエロの絵=イエスを見つめるマリア)
ミサ室には歴代の枢機卿の肖像画があった。死ぬと飾られるという。勿論墓地は教会にある。(写真142+1:ミサ室)
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マドリードに戻る。ここは高原にある海抜650mほどだという。だから夏暑く、冬寒い。遠くの山には雪が残る。(写真149:山の雪)
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「シーベレス広場」の周囲を廻る。(写真143:広場)
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スペインの旅も終わりだ。明日朝には帰国の途に着く。
追伸:バルセロナのメインストリートにあった銀行に過激な張り紙があった。どうもリストラで支店を閉鎖し、銀行員の一部解雇と賃金引下げを行ったらしく、それに対する抗議文のようだった。厳しいスペイン経済を示すものだった。(写真150:張り紙)
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「スペインの食事」

「手前勝手世界食物語、第405号」

バルセロナでの昼食は海岸のレストランで地元名産の「フィデウア」を食べた。合わせてスパークリングワイン「カヴァ」を飲む。メイン料理は所謂パエリアなのだが、米ではなく細く短いパスタが用いられていた。海老と烏賊が入ったものだった。兎に角皆さんよく食べる。食べる。私はダイエットもあるので半分以上残したが、他の方々は完食していた。(写真23:フィデウア)
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バレンシアでの夕食はホテル。白身魚のフライだった。直径10cm位の魚の輪切りが出て来た。グリンピースが沢山付いていた。魚の名前は「メルルーサ」というらしい。(写真25:白身魚メルルーサのフライ)
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ラ・マンチャのコンセーグラでの昼食は、「ニンニクのスープ」(写真43:スープ)
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それにポークだったが、ぱさぱさのオークで不味かった。(写真44:ポーク)
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グラナダのホテルの夕食はビュッフェスタイル。これは味気ないし美味くない。(食事51:ホテルのビュッフェ)
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ミハスでの昼食は「魚介類のフリッター」だったが、これはまずまずの味だった。烏賊、蛍海老、白身魚のフライだった。(写真67:フリッター)
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コルドバのレストランでの昼食はイタリア料理でいう「オッソ・ブーコ」、所謂牛のテールの煮込みだったが、ボリューム満点だったが美味しかった。ほぼ完食した。(写真95:牛テールの煮込み)
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マドリッドのホテルは空港近くで「白身魚のフライ」だった。ボリュームばかりで淡泊な味だった。(写真103:白身魚)
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火曜日マドリードでの昼食は、生ハム、魚介のスープ、パエージャだった。(写真118:生ハム)
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(写真119:スープ)
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(写真120:パエージャ)
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旅の最後の晩餐での夕食もマドリードのスペイン広場近くで食べた。小皿料理でバルで出されるものだった。(写真144:生ハム)
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(写真145:魚のフリッター)
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(写真146:コロッケと烏賊リング)
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(写真147:キノコのアヒージャ)
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(写真148:赤トマトの芋包み)
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満喫しました。

世界各地でライトアップ=五輪前100日を記念して ニッケイ新聞WEB版より

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世界各地でライトアップ=五輪前100日を記念して

 リオ・デ・ジャネイロでのオリンピックとパラリンピック開催を祝い、開催前100日に当たる27日、世界各地でライトアップが行われた。
 ブラジル政府のイニシアチブで行われた、黄色と緑の光によるライトアップは、ギリシャのアテネ(パナシナイコ競技場)、米国のアトランタ(市役所)、ハンガリーのブダペスト(つり橋)、アルゼンチンのブエノスアイレス(プラネタリウムなど3カ所)、メキシコのメキシコシティ(オリンピック・スタジアム)、カタールのドーハ(アスパイル・タワー)、南アフリカのヨハネスブルゴ(ネルソン・マンデラ橋)、イギリスのロンドン(ブラジル大使館など2カ所)、東京(都庁や駒沢のオリンピック公園)、イタリアのローマ(ブラジル大使館)、韓国のソウル(ソウルNタワー)、オーストラリアのキャンベラ、インドのニューデリーなどとなっている。
 また、ブラジル国内でも、ブラジリア(大統領官邸と外務省)やリオ・デ・ジャネイロ市(キリスト像、マラカナン、アレーナ・カリオカなど)でライトアップが行われた。(27日付ポルタル・ブラジル、28日付フォトス・プブリカスなどより)

勢古口 順さんのJ REPORTが届いています。題して「三度目のスペイン」(その3)

「ミハス」


「ミハス」
地中海に面した避暑地が「ミハス」だ。白い建物が印象的な街だ。海に迫った崖の途中に築かれている。ここには「ピカソ博物館」があるという。ご存知「ピカソ」はここから20kmの「マラガ」で生まれた。私たちも2008年に次男の住んでいた街なので数日間滞在したことがある。博物館に行くことにした。(写真68:ピカソ、ダリ、ミロ)
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ここにはスペインが生んだ大画家たち3人の絵もある。まずはピカソの陶芸品をご紹介しよう。(写真69:ピカソ作)
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(写真70:ピカソ作)
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(写真71:ピカソ作)
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次がダリの作品だ。(写真73:ダリ作)
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(写真74:ダリ作)
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(写真75:ダリ作)
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次がモネの作品だ。皆実物だ。(写真76:モネ作)
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(写真77:モネ作)
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(写真78:モネ作)
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入り口にはピカソの人形があった。(写真79:ピカソ)
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ミハスの街は白い。また細く狭い道だ。(写真80:ミハスの通り)
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白い街並みが美しい。(写真81:ミハスの街)
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小高い展望台からは何と山の向こうにアフリカのモロッコの山が二つ頭を出していた。ここから14キロほどだという。(写真82:アフリカの山)
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この街の人の大半は金持ちの外国人、特にイギリス人が多いという。(写真83:高級住宅街)
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この辺りは「コスタ・デル・ソル」、「太陽の海岸」と呼ばれ人気の場所なのだ。帰りに次男が住んでいた街「マラガ」が観えた。(写真84:マラガ市街)
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マドリッドを中心として高速鉄道網がスペイン全土に張り巡らされている。「RENFE」という新幹線だ。線路が観える。(写真85:レンフェの線路)
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しかし、走っている列車を観ることはなかった。牛の巨大な看板が道路脇に度々出て来る。何を意味しているのだろうか?(写真86:牛の看板)
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後で聞いたところでは昔のビールメーカーの広告塔だったというのだが、20年ほど前に高速道路沿いの宣伝は運転の邪魔になるというので禁止されたという。しかしこの牛の絵は60年も前からあり、且つスペインを象徴するためのものでこれのみ残ったというのだ。Tシャツにもサッカーチームのマークにもなっているという。次の街「セビージャ」に向かう。麦畑が観えて来た。(写真:麦畑)
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「セビージャ」


4月25日(月曜日)
アンダルシアの州都が「セビージャ」だ。大航海時代にはここ「セビージャ」から船が大西洋を渡っていったという。この街にもスペイン広場が街の中心部から離れて建っていた。(写真88:広場の塔)
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壁には「コロンブス」がイザベル女王、フェルナンド王からインド航路発見の命令を受ける姿がモザイクで記されていた。(写真89:コロンブス)
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1492年、彼(イタリアはジェノバの出身)はこの地を出て、インドに向かうつもりがアメリカ大陸を発見することになってしまった。彼の計算では地球はもっと小さく、大西洋を渡ればアジアだと思っていたらしい。都合4度彼はアメリカに行ったらしい。(写真90:スペイン広場)
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街の中心部には大聖堂の「ヒラルダの塔」がそびえていた。(写真91:ヒラルダの塔)
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コロンブスの遺骨の一部が納められているモニュメントもある。(写真92:コロンブスの塔)
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「コルドバ」


「コルドバ」
レコンキスタ最後の戦いが行われ、遂にイスラムは500年に亘る支配を終えた。その結果、嘗てのイスラムのモスクはキリスト教の大聖堂として復活した。二つの宗教の融合した文化が出来上がったのだった。そんな象徴が「メスキータ」だ。イスラムのモスクのことだ。まずは「ローマ橋」だ。ローマ時代に築かれ橋だ。(写真93:ローマ橋)
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そしていよいよコルドバの街に入る。(写真94:コルドバの入り口の門)
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メスキータの中庭から見上げると嘗てのイスラムの塔「ミナレット」があるが、今では教会の鐘を鳴らす場所になっていた。(写真96:ミナレット)
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メスキータの内部は多数の柱により巨大な広さの部屋になっている。(写真97:内部の柱)
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キリスト教の大聖堂もある。(写真98:大聖堂)
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ステンドグラスも美しい。(写真99:ステンドグラス)
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アルハンブラ宮殿と並びスペイン観光の目玉の一つだ。外に出る。日差しが実に厳しい。メスキータ内部は25度だったが、外は30度になっていた。ここでもトヨタ・プリウスのタクシーが活躍していた。花が美しい「ユダヤ人街」を歩く。白い壁に青のバケット、そこに色とりどりの花が植えられていた。(写真100:花の通り)
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さて一路首都のマドリッドへと向かう。先日ドン・キホーテで訪れたラ・マンチャ地方を通過して行く。オリーブの畑から牧草地に変化していくが、景色は殆ど変わらない。羊の群れが観えた。(写真101:羊の群れ)
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牛たちもいた。(写真102:牛の群れ)
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勢古口 順さんのJ REPORTが届いています。題して「三度目のスペイン」(その2)

「バレンシア」


4月23日(土曜日)「バレンシア」
市内観光でスタート。市の紋章が壁に刻まれていた。(写真26:紋章)
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やはり古い街だ。バレンシアの旧市街地の入り口の門だ。(写真27:門)
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中世の騎士の像があった。(写真28:騎士像)
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街の大聖堂が観えて来た。古いものなのだろう。キリスト教国では珍しくもないのだろうが、昔の人は宗教のためには驚くべき力を発揮したものだ。(写真29:大聖堂)
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教会の入り口にも数多くの彫刻がある。(写真29:大聖堂の入り口)
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(写真30:正面入り口)
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(写真31:入り口上部)
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(写真32:入り口付近)
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マーケットに入った。沢山の店がある。豚の生ハムを売る店や真新しい野菜を売る店、何でも食料品ならあるようだ。私は「カラスミ」を160g、22ユーロで買い求めた。(写真34:マーケット内部)
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(写真35:マーケット内部)
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外には世界遺産「ラ・ロンハ」の大聖堂があった。(写真36:ラ・ロンハの大聖堂)
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(写真37:大聖堂)
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タクシー乗り場で気付いたのだが、どこの都市のタクシーの大半が「トヨタ・プリウス」だった。驚いた。(写真:タクシー乗り場)
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「ドン・キホーテのお話し」


「ドン・キホーテのお話し」
セバスチャンの作品「ドン・キホーテ」は余りにも有名だが、勿論想像上の人物である。しかし、この「ラ・マンチャ」地方では観光資源となっている。グラナダからイベリア半島の中央部にある「ラ・マンチャ」地方に向かう道路の周囲は赤土に覆われている。ここの名産品はオレンジだそうだ。立ち寄った店では7kgのオレンジが7.5ユーロで売られていた。
(写真39:オレンジ)
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周囲の山の上の多数の風力発電用の風車が廻っていた。(写真40:風車)
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突然、黄色の花が咲く農地になった。この辺りは以前は無毛な地だったが、地下水をくみ上げて給水するようになり、農業が発達したという。スペインは農業国だ。アメリカ中西部やニュージーランドで見た大型の散水装置があり、色々は作物が作られているようだ。(写真41:黄色い花畑)
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山の上の旧式の風車が観えて来た。(写真42:風車)
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ちょっとスペインの基本条例を整理しよう。国土の広さは日本の1.4倍、人口4千5百万人ほど。農業では「オリーブ」の生産は世界一。ワインも世界有数だが、国内で使用されてしまうらしい。典型的なヨーロッパの農業国だ。失業率は20%以上、経済的にはギリシャに次いで問題がある。また日本同様「少子高齢化」の波が押し寄せ、女性一人当たりの出産率はなんと1.1人だという。それでも人々は人生をエンジョイしているようだった。「コンセーグラ」という村に来た。作家セバスチャンも滞在した場所で、ここの風車を観て、ドン・キホーテの物語を思い付いたという。山の上の風車群に到着。中国人観光客が実に多い。(写真45:風車)
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風車の羽根の後ろに大きな木の支柱があり、これを人や馬で曳いて風の方向に羽根を向けたという。そして粉を挽いた。
セバスチャンが泊まったという「プレルトラピス」の村の宿屋だ。(写真48:宿屋の庭)
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(写真49:ドン・キホーテの像)
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愛すべきドン・キホーテは素晴らしい騎士になりたくて、悪者を退治して名を揚げようとした。そして風車を怪物だと思い込み、痩せ馬で突っ込み、風車の羽根で巻き上げられ地上に叩き付けられたというお話し。何となく親しみを覚える物語だ。


「グラナダ アルハンブラ宮殿」

「グラナダ アルハンブラ宮殿」
いよいよグラナダに向かう。途中は一面の「オリーブ畑」。(写真50:オリーブ畑)
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夕食後、フラメンコを観に行く。宮殿の夜景が売り物だ。(写真52:宮殿夜景)
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フラメンコはジプシーの踊りだ。12拍子という独特のリズムが激しく、また愁いを帯びて奏でられ、男性歌手の素晴らしい歌声が響き渡る。踊り手は汗だくで全身を動かし、凄いステップの速さで踊り捲る。(写真53:フラメンコダンス)
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(写真54:フラメンコダンス)
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(写真55:フラメンコダンス)
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ストーリー性もあるようで、結婚式の様子だったり、喪服姿だったりと、演じられていた。(写真55+1)
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(写真55+2)
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4月24日(日曜日)
いよいよアルハンブラ宮殿に入る。早朝から列が出来ている。このアルハンブラは8世紀から13世紀までイスラムの王朝があった。そこの宮殿だ。人口30万の街に年間200万人の観光客が訪れるという。但し入場は一日8000人に限定されている。(写真57:宮殿の前)
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内部は大きな回廊になっていた。(写真58:回廊部分)
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宮殿の色々な部屋を巡る。イスラム式のタイルを貼った壁やモザイク模様の天井などが実に美しい。水に映る宮殿もある。兎に角夏の暑さ対策であちこちに水が引かれていて、噴水や池になっている。(写真59:水に映る宮殿)
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有名な「ライオンの中庭」に来た。2008年時には修理中でなかった。(写真60:ライオン像)
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(写真61:天井)
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(写真62:王の部屋)
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窓からは旧アラブ人街が観える。これがまた美しい。所謂旧市街地だ。(写真63:旧市街地)
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庭には噴水があり、その水音から「アルハンブラ宮殿の想い出」という曲が作曲されたらしい。実に美しいメロディーだ。ギターを習う人の初版本の曲だという。(写真64:噴水)
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(写真65:宮殿全景)
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惜しいが宮殿を後にする。もう二度と来ることはないだろうが、アラブの文化とキリスト教の文化が融合した素晴らしいものだ。当時のアラブ社会は最先端の技術を持っており、その他のヨーロッパの国々より文化的にはかなり進んでいたと言われている。その通りだと思った。


県連故郷巡り(北東伯編)=歴史の玉手箱=第17回=モソロー初の日本人は炭坑離職者  ニッケイ新聞WEB版より

 懇親会会場であるホテルには入来田純一さん(67、福岡県)が来ていた。彼の父が同地最初の日本人、邦男さんだ。1961年に家族で渡伯、当時純一さんはまだ中学一年、13歳だった。「こっちにきて殆ど学校に行っていない。農業だって本格的に勉強したことない。父も日本から農業の本を取り寄せては勉強していた」。


 鞍手郡宮田町に住んでいたという。「父は貝島炭鉱で働いていた炭鉱離職者でした。仕事を求めてブラジルに。母は最初の何年か、『日本に帰りたい』っていう気持ちが強かったと思う。でも、今になったらこっちが良かった」。そこまでの心境に到達するにはいろいろあったのだろう。
 貝島炭鉱は1883(明治16)年に開発され、1976年に閉山するまで一世紀近くに渡って筑豊石炭産業を支えた。入来田さんが離職した1960年頃には、まさに日本の産業構造が石炭から石油に構造転換する時期だった。1957年から深刻な炭坑不況となり、1962、3年に閉山炭坑数はピークを迎えていた。
 入来田さんは渡伯当初、マイリポランでポンカン栽培を目指し、そこでブドウや桃作りも始めた。次にピラール・ド・スルのコロニア・バンデイランテに移り、そこで16年間いたが「トマトの雑作もやった。にっちもさっちも行かなかった」。そんな時に、モソロー行きの話が突然、降ってわいたように出てきた。
 「来るのに不安はなかったけど、いざ来てみたらビックリ。セッカ期(乾期)に来たから緑がないんだよ。いわゆる〃カーチンガ〃で石ころばかりの灌木地帯。当時は誰も農業適地だと思っていなかった。僕らも、こんなところで本当に農業ができるのかと、あの頃は思った。でも石を取り除いてみると、実は土自体は素晴らしいことが分かった」。問題は水だった。「最初800メートルの井戸を掘って、灌漑で作り始めた」。かなり深い井戸だ。
 「父は土地を段々買い足して、5年後に大谷さんを呼んだ」。今では土地は六つの農場に分かれて3千へクタールもある。「作っているのはメロンだけ。一時は450ヘクタール植えたけど、今は300ヘクタールだけ」という。

 
 会場には地元の鈴木アルマンドさん(78、二世)も来ていた。「サンパウロはどこに行っても日系協会があるけど、ここにはない」とキッパリ。聞けばパウリスタ線トッパン生まれ、聖州ではトマト作りなどをしていたが、30年前にモソローへ転住したという。
 「サンパウロでは霜ですべてを失った。ここでは霜が降りない。だからここは良い」。今はスイカを栽培し、ドイツやオランダに輸出している。(つづく、深沢正雪記者)

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