私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

2017年03月

日本で起きている「伯国の未来」=森田所長がUSPで講演=(下)=当地も2032年から高齢社会  ニッケイ新聞WEB版より


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    日本の人口推移(森田朗氏提供)

 近年、日本では問題解決のため、移民の導入が議論されているが、森田所長は反対の立場だ。
 第一に、年間30万人以上が減少していく日本で、その減少分を移民で補うには規模が大きすぎる。さらに、受け入れた移民が高齢化した際には、社会福祉費を充当せねばならず、その額は移民が生み出す経済成果よりも高くなる見込みだ。
 そもそも日本に移民が集まるかも疑問だ。今後、韓国や中国、インドネシア、インドなどのアジア諸国でも少子高齢化問題が顕在化し、移民労働力の需要が高まることが予想される。海外で働くことを希望する人のうち、所謂インテリ層は話者数の多い英語や中国語を習得し、働きに出る傾向にあり、肉体労働者もこうした国々との奪い合いとなるだろう。
 画期的な解決方法は未だに解明されていない。一先ずは、今後予想される都市の高齢化に対する備えをしなくてはならない。日本全体の人口は減少しているが、地方部から都市圏への人口流入は続いているからだ。また、都市生活世帯の多くは核家族で、高齢者の世話を世帯内で賄うことは難しいため、多くの人が介護サービスを利用することになる。
 東京、神奈川、大阪、埼玉、千葉、愛知の6都府県は、日本で最も高齢化が進む都市と見られ、2030年には6都府県の合計で、65歳以上人口が400万人増え、現役世代人口が400万人減る。こうなった際、介護士や受け入れ施設が不足することは目に見えており、喫緊の対応が求められている。
 対応策としては、国内産業の機械化を徹底的に進め、労働者を介護分野へ集約させるなどの案がある。
 現段階で根本的な解決を図るなら、出産適齢期にある女性に対して、社会進出した際に得られるものと同等以上のキャリア、金銭補償を行って出生率を高め、世間一般には寿命と延命治療に関する議論を深めてもらうほか無い。
 両策とも効果が出るまでに相当な年月を要する上、後者においては倫理上、非常に繊細な議論を必要とするため難しい。
 少子高齢化はどの国も通る道だが、問題を重篤化させないためには、高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)の上昇にかかる期間を長くするか、人口ボーナス期に得た利益を将来の備えとして活用する他ない。
 高齢化率の上昇が緩やかな国は、その間に高齢者向けに社会制度を整える時間が十分にあるが、短い国は難しい。高齢化率が7%を超えてからその倍の14%に達するまでの所要年数を比較すると、フランスが115年、スウェーデンが85年、比較的短いドイツが40年であるのに対し、日本は24年。
 ブラジルは2011年に7%で2032年に14%になるので、日本より早い21年間で変化に応じなければならない。
 ちなみに、高齢化率が7%~14%の状態を「高齢化社会」と呼び、14%~21%の状態を「高齢社会」、21%以上を「超高齢社会」と呼ぶ。日本は1970年に高齢化率7・1%で高齢化社会、1995年に14・5%で高齢社会に、2007年に21・5%で超高齢社会となった。
 ブラジルも地方部から都市圏への流入が続き、日本と同じ都市の高齢化問題が起きることが予想される。森田所長は「先行する日本の事例から多くの教訓を学び、対応に役立ててもらいたい」と結んだ。(終わり)

日本で起きている「伯国の未来」=森田所長がUSPで講演=(上)=少子高齢化の仕組み解説 ニッケイ新聞WEB版より

         講演中の森田所長

 聖州立総合大学(USP)法学部は6日、東京大学名誉教授、社会保障・人口問題研究所所長の森田朗氏を招いて講演会『日本の人口動態と社会保障~少子高齢化・人口減少時代における政策と法』を行った。約100人が来場し、少子高齢化が起きる原因とその対処を学んだ。
 森田所長によれば「少子高齢化は日本特有の問題ではなく、どの国においても、社会が成熟すると起こってしまう現象」だという。
 未成熟の国(途上国)では、病気などで多くの人が死ぬが、国民はそれを補う為に多くの子供を産む。こうした社会を「多死多産社会」と言い、子供は多く生まれても、徐々に死んでいくので、人口ピラミッドは富士山型をしている。
 多死多産社会が成熟し、死亡率が下がり始めると、多産された子供たちが減少することなく成長し、多くの労働力を国にもたらすようになる。
 この時、国には多死社会の名残から高齢者が少ないので、国は豊富な労働力から得た富を、高齢者福祉ではなく、成長分野に投資する事が出来る。人口ピラミッドは釣り鐘型になる。
 そして、「少死社会」になると多産の必要性も無くなり、「少産社会」へと移行する。子供へかける社会福祉の総額も縮小し、その分の富を他分野へ投入することができ、発展が加速する。人口ピラミッドの形はつぼ型だ。
 つぼ型の時は子供と老人が少なく、働ける人が多い。この時代を「人口ボーナス期」と呼ぶ。森田所長は、「この人口ボーナス期はどの国にも一度だけ訪れ、高度の経済成長を可能にする」と論じた。日本の場合、1960年代から1990年代初頭までが人口ボーナス期にあたり、この間に急速な工業化と高度経済成長を成し遂げた。
 しかし、この働いていた世代が高齢化すると、国家予算における社会保障比率が増大し、他分野への投資が減少する。経済成長の鈍化が避けられないばかりか、あらゆる社会機構の見直しが必要となる。
 更に時が進み、この世代が死に始めると「多死少産社会」となり、急激な人口減少を迎えることになる。現在の日本だ。
 森田所長のグラフでは1872年に3481万人だった日本の人口が、2010年までの138年間に、約3・6倍の1億2806万人にまで急増し、2060年に8674万人、2100年に4959万人へと減少していくと示されている。
 日本は現在、年間30万人のペースで人口減少が進んでいるが、徐々にその速度は増し、2030年には毎年100万人ずつ減少する予想だ。
 現代日本の社会構造は1億2千万人が営みを続けていくことを念頭に作られているので、急激な人口減少が起きると、産業機構や社会保障が機能不全になってしまうと懸念されており、内政の最重要課題として対策を必要としている。
 人口減少のペースが速まる中で、日本が取り得る手段は多くない。(つづく)

花談義その25 タンバキーとハイビスカ アマゾン昭子さんからのお便りです。

写真をと思ったのに送信を押してしまいました。もう そろそろ認知症()が近いかしら(?)スマホで撮ったのは送れなくてすみません。そのうち覚えて送ります。
 
我が庭のハイビスカス(Pampolha) 仏桑華ともいうそうです。残念ながらピンク 白 赤の大輪は枯れてしまいました。(雨のため)こちらが本当のハイビスカスです、 今年は雨が多いです。


はなさん

ありがとうございました。 トレニア 覚えておきます。
此処は年中夏ですから何時でも咲いています。今は雨から守って
鉢植えにして軒下に置いてます。水は結構欲しい花ですが


しゅくこさん

胡椒の花を見せて上げられなくて残念!
魚はタンバキーと言う淡水魚。1.5キロ級の物を揃えてくれました。お刺身も食べられますが炭火焼きでした。 バーベキューと言う事でしょうね。捉えられて出荷を待つタンバキー(釣れなかった人にはそこから生きたまま一匹づつスーパーの買い物袋に入れてもらってきました。


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第47回県連ふるさと巡り① ロンドニアとトカンチンスへ サンパウロ新聞WEB版より

2017年3月30日
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サント・アントニオ水力発電所で記念撮影

2つの異なる日系集団地を訪問

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                             長い一日をビールで締めくくった

 ブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)主催の「第47回ふるさと巡り」が17日から22日の5泊6日の日程で行われ、ロンドニア州ポルト・ベーリョ市とトカンチンス州パルマス市を訪れた。ポルト・ベーリョ市には1954年に日本人が入植したトレゼ・デ・セテンブロ(9月13日)植民地があり、州都成立をしてまだ30年にも満たないパルマス市には、近年ブラジル国内から移住してきた日系人が増えてきている。他の都市に比べ日系社会が小さい両市だが、それぞれの土地で日本文化を継承し、特色ある活動を行っている。ポルト・ベーリョの日本人植民地の過酷な歴史と現在、パルマスのまだ新しく若い日系社会。2つの異なる日系集団地に出会う旅となった。
 初日の17日は、まだ暗い早朝の午前5時にサンパウロ(聖)市内のコンゴーニャス空港に参加者らが集合。飛行機に乗る頃には空も明るくなり、同6時40分の飛行機で一路ブラジリアへ向け出発した。乗り換えた後、同11時20分、ロンドニア州ポルト・ベーリョ市に到着。暑いとばかり思っていたが、雨が降り少し肌寒く、あいにくの天気で旅は始まった。
 同市はロンドニア州の州都で、アマゾン川盆地上流に位置する。聖市との時差はマイナス1時間。アマゾンへの入口として訪れる日本人も少なくないそうだ。ポルト・ベーリョ市内は整備されていない道も多く、聖市以上にデコボコとした道が続く。土っぽい市内には川魚が食べられるレストランが軒を連ね、金曜の昼食時ということもあり、人で溢れていた。
 一行を乗せたバスは市内を流れるマデイラ川が見渡せるレストラン「レカント・ド・タンバキ」に到着。タンバキ(コロソマ)はアマゾン川に生息する淡水魚。揚げたり、アサードで焼かれたタンバキがテーブルに並び、参加者らは珍しい川魚の味に舌鼓を打った。頭部まできれいに味わいつくした森りつこさん(67、熊本)は「川魚は滅多に食べない。料理の仕方も良いし、すごく美味しかった」と話し、他の参加者らも満足のいく昼食となったようだ。
 昼食後は、サント・アントニオ水力発電所を見学。最初に、アナリスタのマウリシオ・バスコンセロスさんが映像を使って発電所の概要を説明し、その後、発電所内の見学となった。同発電所はブラジル国内で4番目に大きい発電所で、50のタービンが備え付けられている。44のタービンは伯国南東部や他地域、4つのタービンはアクレ州やロンドニア州に電力を供給しているという。
 産卵をする魚のために発電所内のダムに作られた魚道を見学していた浜口洋さん(73、三重)は「昔、発電所で働いていた。魚道はどのダムにもあるが、枝や石などもそのまま流してしまう魚道は珍しい」と興味深そうに覗いていた。同行していた発電所職員らに熱心に質問をする参加者らの姿が印象的だった。
 ホテルで休憩した後、夜は市内のレストランで食事会。食事前にあいさつに立った県連の山田会長は「10年ぶりのふるさと巡り。皆さんと楽しんでいきたい」と述べ、参加者らと交流を図りたいとした。レストランにはロンドニア日伯文化協会の発起人であり、同市内の日本人移住地トレゼ・デ・セテンブロ植民地の田辺俊介さんが妻の恵子さんと来場。「明日は我々が入植した場所をお見せします」と参加者らにあいさつした。
 ホテルに戻ると午後10時近く。長かった一日が、ようやく終わろうとしていた。(つづく)
2017年3月30日付

花談義その24 旧市街の畑の春 三田のしゅくこさんからのお便りです。

昭子さ~ん & 皆様へ
               しゅくこです
 
コショウ畑見学、楽しそうですね。こんな写真は初めて見ました。
お魚はなんでしょうか。お刺身ですか? フリッターでしょうか?
わたしもそういう見学つきの遠足大好きです。
 
日本では、地域がバス会社などと組んで、地場産業おこしのイベントを、
びっくりするほどの安い値段で、しかも豊富な内容で楽しませてくれています。
 
はなさ~ん 
沈丁花の写真ありがとうございました。
なぜか、わたしの頭の中には、いつも決まって出てこない種類の言葉ってありますが、そのうちの1つが沈丁花です。どうやら、馴染んでくれないある種の響きの言葉がわたしにはあるようです。これが似ても似つかぬ金木犀とごっちゃになり、やっと最近使い分けができるようになりました。(-_-)zzz
 
もうひとつこんがらがっていたのが、エニシダとミモザ。同じ黄色ですが、花柄はぜんぜんちがいます。
これが1年くらいたつと、すっかり頭の中に定住してすぐにでてくるようになります。
言葉にはある種の生き物が住んでいるのかも・・・、と思わずにはいられません。
 
古谷さん、
昨日、いつもいく業務スーパーで、ブラジル輸入の鶏肉コーナーが1/31/4に縮小されていました。
あんなにいっぱい詰まっていたコーナーが約1m位の幅になりました。
 

こんな田舎まで影響を受けているんですね。もともとわたしは国産物嗜好なので、安くても買ったことはありまぜんが、最近、冷凍のpaode queijoをポ語仲間が絶賛するので、買ってみました。 400g入りでたしか200円前後だったと思います。ピンポン玉を半分に切ったような、一口大のを冷凍のままトースターで焼くと、すぐに焦げ目がついて、確かにあちこちで売っている

pao de queijo もどきのものより、ブラジルを思い出させる、リッチな味。おいしくいただけました。
 
ただ私には少し胃に重い感じがしましたが。(単なる食べ過ぎ???)  はやく解決するといいですね。
 
写真はニュータウンと旧市街の畑の春です。
ご一緒にお散歩をどうぞ!

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