私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

2018年05月

≪中銀 28 日発表の4月統計≫ リオの山下さんからのお便りです。

山下@リオです
中銀28日発表の統計より 

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4月の海外直接投資は24億ドル、過去12カ月累積は4まで522億ドルです。
 
国内の外貨フローは、貿易で4月は76億ドルの黒字です。
ファイナンスも、68億ドルの黒字で、差し引き144億ドルの流入となりました。
 
本年4月の経常収支は6億ドルの黒字です。
 
4月の貿易収支は61億ドルの黒字で、過去12カ月累積は657億ドルです。
 
4月の外貨準備高は3800億ドルです。
中銀介入で12月から下方修正されました。
(添付cambiocontratado805.xlsx) 
(添付baldepagto805.xlsx) 
 
4月の支払い手段M10.71%増、M1の過去12カ月は7.02増です。
インフレはFGVIGPDI指数で、4月は0.93%、過去12カ月累積は4月まで2.97%です。
 
516日の政策金利(Selic)は年6.50%に据え置きになりました。
G1記事で、政策金利が年6.5%で、なぜ特別小切手の利子が300%になるのか、20項目の対処法とあり、当座貸越とクレジットカードを併用しいようにとあるが、客の希望ではなく銀行が特別小切手口座からカードの自動引き落としをするためで、日本のように高利禁止法が必要であろう。 

アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《18》=駐留軍孤児の希望託す=大磯のホームから8人 ニッケイ新聞WEB版より

写真=沢田美喜来伯を伝えるパウリスタ新聞(54年11月3日)

 「ブラジルに来る一年前、美喜さんから『お母さんに会ってみるか』と言われてビックリした」。中川純二さん(62、石川県出身)はそう振り返る。沢田美喜さんを実母だと思っていたからだ。でもその時は、「俺、会わない」と断った。
 沢田さんは一九四七年に、進駐軍の米兵と日本人女性の間にできた混血児を預かるエリザベス・サンダース・ホーム(神奈川県大磯)を設立した。そこで育って十八歳を超えた孤児たちが、差別を受けずに仕事をする場として第二同ホーム(聖エステファニー農場)が、第二トメアスーに六五年に開設された。そこに移住した孤児八人のうち、今も残る最後の一人が中川さんだ。
 中川さんも三歳でホームに預けられた。「右手を引っぱられて、ホームの入り口にあるトンネルをコツコツと足音をたてて連れてこられたことを、今でも憶えている。でも誰が引っぱっているのかは分からない」。母親は米兵と一緒に渡米するはずだったが、ビザがおりず生活が苦しいとの理由で預けたらしい。
 湘南の大磯駅前の山の向こうには、一万五千坪もの広さを誇る三菱本家岩崎久彌(ひさや)氏の別荘があり、その中にホームはある。美喜さんは久彌氏の長女で、外交官の妻だ。久彌氏は一九二七年、聖州カンピーナス市に個人資金で東山農事株式会社(東山農場)を開いたことで、コロニアでは知られる。
 大磯駅からは、明かり一つ無い細長いトンネルを通ってその〃別世界〃にたどり着く。
 「空気は清澄で、世俗はトンネルで遮断され、広い芝生に七つの人種の子供たちがたわむれている。この光景は異様で、私たちの哀感と好奇をそそる。東洋でもない西洋でもない、〃不思議の国の芝生〃である」(『混血児』高崎節子、一九五三年、同光社磯部書房、五十三頁)。
 十八歳になると、政府の援助が法律上切れるため、子供たちは否が応でも施設を出なければならない。しかし、高校を卒業しても「敵国の子」などと差別され、日本国内での就職はなかなか見つからない現実があるため、その行き先として希望を託されたのが、ブラジルのこの農場だった。
 六三年に第一陣が入植したばかりだった第二トメアスー。沢田さんは前もってトメアスーを下見し、八ミリフィルムに撮ってホームで上映して希望者を募った。中川さんが渡伯したのも、やはり十八歳だった。同農場に六五年に渡伯したのは六人、翌年にもう二人、計八人が入った。
 胡椒の黄金景気こそ過ぎていたが、まだ良い時代だった。中川さんらはトメアスーでも、ホームで習った野球や楽器演奏やダンスで活躍し、移住地で有名人になった。
 ホーム時代、米軍基地の中の学生チームと試合をして大負けしたのを見て、沢田さんが「あんな負け方ない」と怒って、巨人軍の川上哲治を連れてきて指導させた。〃打撃の神さま〃仕込みの野球には自信があった。
 幸い、トメアスーには三七年から野球が定着している。ホーム先発隊を中心にチームを作って、ファーストやピッチャーとして活躍した。当時、トメアスーには十一チームもあり、頻繁に大会も開催されていた。一度はトメアスー選抜チームに選ばれ、聖市まで遠征試合にいったという。
 中川さんの話を聞きながら、当時を知る角田修司さんは「彼らは当時のスターみたいなものでしたよ」と懐かしそうに目を細めた。
 当時、ジアマンチ・ネグロ、オス・オリテンタイスなどの日系楽団が三つも四つも競っていたが、そこにホーム出身者によるテンポライスが加わり、さらに華やかになった。
 しかし、六六年以降、伯国外務省が園児への査証を出ししぶるような問題も起き、先発隊も次々に結婚独立した。「おおくの期待を寄せられた同農場も閉鎖を余儀なくされ、一九七五年に日伯農牧畜(有)に売却、経営が移譲された」(『七十年史』四十九頁)。
 聖エステファニー農場がうまくいけば、ゆくゆくは沢田さん自身が移り住む計画まであった。(続く、深沢正雪記者)

ギネス登録に向け意欲 「全県人会の夢にしたい」サンパウロ新聞WEB版より

イメージ 1ギネス登録に思いを寄せるスタッフたち
 「ギネス登録を、すべての県人会の夢にしたい」――。県連(山田康夫会長)主催の第21回日本祭り期間中の7月21日に審査が行われる日本食のギネス登録についての記者会見が21日夜、サンパウロ(聖)市リベルダーデ区の県連会議室で行われ、責任者の市川利雄氏は冒頭の思いを語った。
 ギネス登録には、ブラジルの47都道府県人会すべてが参加し、審査当日は米国からギネスの専門審査員が来伯して出席するほか、聖市日本食レストランのシェフなど数人にも審査協力を呼びかけるという。
 出品する日本食は約550皿で、当日開催される日本移民110周年記念式典終了後、ギネス登録のルールに従って約300人を対象に出品した日本食の試食もしてもらうそうだ。
 現在、ギネス登録のために活動しているスタッフは21人おり、この日の会見には、市川氏をはじめ、同氏の息子の市川ユキオさん、上園モニカ鹿児島県人会長、四条玉田イウダ大分県人会長、大間知(おおまち)アゥフレッド秋田県人会副会長、外間フェリッペASEBEX2017年度会長の6人が出席。市川氏は「ギネス登録を行うために、協力していただく各県人会の皆様には感謝しています。登録するためには手間がかかるし大変ですが、ギネスに登録ができれば将来残るものになります。ギネスをすべての県人会の夢にしたい」とその意義を説明する。
 また、市川ユキオさんはギネス登録の目的を「先祖に感謝して次の世代に未来を残すこと」とし、「自分たちの先祖は昔、夢を持ちながらブラジルに渡って成功してきた。ギネスでも同じように頑張ればできる。成功して将来に向かっていくことができれば」と強調した。
 なお、ギネス登録にかかる経費は約10万レアルを見込んでいるとし、移民110周年や日本祭りの経費とは別に捻出する考えだ。 
2018年5月30日付

花談議264≪ 自然の造形をお楽しみ下さい≫谷口浩さんからのお便りです。

自然の形....???🙄🙄🙄 谷口 浩

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連載 桜井悌司さんの『ブラジルを理解するために』(その46)続き

連載エッセイ・レポート46

在サンパウロの県人会について考えたこと 前編
 
執筆者:桜井 悌司(日本ブラジル中央協会常務理事)

表4 ホームページと宿泊施設の保有の有無
ホームページの有無
県人会数
宿泊施設保有の有無
県人会数
持っている
19
持っている
14
持っていない
28
持っていない
33
合計
47
合計
47
 
5.   県人会の役割と業務
 
県人会の設立のもともとの理由は、出身県との繋がりを維持するとともに、同県人間の友好・親善・協力を図ることにある。とは言え、母県にとって、どういう意義があるのか、当該県出身の移住者にとってどういう役割と意義があるのかを設立当初に立ち返って考えてみる必要があろう。県人会の具体的な活動となると、県連のホームページと数少ない県人会のホームページを参照することに頼らざるをえないため、活動の詳細を理解することは困難であるが、その前提で話を進める。
 
「フェスチヴァウ・ド・ジャポン(FESTIVAL DO JAPÃO 日本祭り)への参加・出展」
本連載エッセイ80でフェスチヴァウ・ド・ジャポンについて取り上げたが、本祭りは、世界で開催される最大の日本祭りであり、主催者の県連にとっても、最重要プロジェクトである。47の県人会がこぞって参加するこの祭りは、県人会の維持と結束にかかせない。各県は、自分たちの県の誇る料理、食品、民芸品、特産品を展示・販売する。また、ステージでは、民謡や伝統舞踊を披露する。各県の出身者が、自分たちのアイデンティティーを存分に発揮できる場である。各県人会の人々も積極的にボランティアとして参加している。県によって異なるが、3日間で延べ平均100人以上の若い日系人等が手伝っている。フェスチヴァウの運営に携わっている若者の数は、1,000人を超える。開催月は毎年7月であるが、この時期は冬休みに当たり、多数の大学生が手伝ってくれる。しかも、この祭りを手伝うと、ボランティアで手伝ったことの公的証明書が発行され、大学の単位を取れるのでお互いにとってメリットがある。おそらく、このプログラムがなければ、県人会組織は、相当弱体化したに違いない。その意味で、県人会にとって、日本祭りの重要性をいくら誇張しても誇張しすぎることはない。
 
「県人会独自で組織する祭り」
フェスチヴァウ・ド・ジャポンに加えて、各県人会が行う祭りやイベントも多数ある。 もともと、会員の親睦会として始まったが、現在は県人会の資金稼ぎのイベントとして欠かすことができない。どの県人会も会員が激減し、会費を支払ってくれる人がすくなくなっているため県人会の維持・運営資金が十分ではない。以前は、母県から補助金が出ている県人会も少なくなかったが、今はほとんどなくなっている。このため、イベントや会館の施設の賃貸料で賄うしかないのが実情である。
祭りの内容を見ると、主として、各県に関連した伝統祭りが多い。例えば、北海道の北海道祭り、宮城県のたなばた祭り、あおば祭り、岡山県のひな祭り、香川県のこんぴら祭り、高知県の土佐祭り、熊本県の芸能祭り、沖縄県の沖縄角力大会、琉球民謡コンクール等である。郷土料理や食品を扱う祭りも多い。ラーメン祭りは、北海道、福島県、三重県、焼きそば祭りは、島根県、高知県、佐賀県がやっている。その他、岩手県のわんこそば祭り、山形県のいも煮会、三重県のすき焼き祭り、奈良県のカレー・フェステイバル等がある。会員同士の親睦がメインと思われるが、ブラジル料理のフェイジョア―ダをとりあげる県も、新潟県、岡山県、佐賀県の3県がある。
 
「他県と合同で開催する祭りやイベント」
1県ではインパクトが強くないので、他県と協力して行う祭りやイベントは、注目に値する。
例えば、愛知県・和歌山県・長野県・滋賀県・大分県の5県が協力して開催する「屋台祭り」や九州の8県共催の「8県対抗文化祭」があげられる。その後、判明したところでは、北海道・東北ブロック、中国ブロックでも同様の運動会を開催しているようだ。この方式は、今後の県人会活動の活性化には大いに役立つし、新しい方向性を示すものと考えられる。今後は、1県人会単位ではなく、日本でも話題になっている道州制や関東、東北、信越、関西、中部、中国、四国、九州などの区割りによる移行を目指すときに有効だと考えられる。
 
「会員間の親睦行事」
これには、県人会館で行う俳句、華道、水彩画、陶芸、書道等を学ぶ勉強会的なもの、一緒にピクニックや旅行に出かけるイベント、餅つき大会やフェイジョア―ダ・パーテイ等がある。問題は、県人会の会員の高齢化が進み、1世の場合だと平均80歳を超えている。1人では県人会会館にも来ることができず、息子・娘、孫などに付き添って来てもらわざるを得ない。一緒に楽しむのではなく、送迎だけする場合が多いようだ。若者も参加するイベントが要望される。
 
「母県との交流事業」
県人会の重要な行事である。毎年ではないが、節目の○X周年には、母県から県知事、副知事、市長、商工会議所会頭等が訪伯し、ブラジル当局への表敬訪問、日系コロニア団体、総領事館・在伯日本企業との意見交換会を行う。訪問団が、記念品を寄贈する場合もある。例えば、2017年のポルトアレグレの第6回日本祭りは、金沢市との姉妹都市50周年記念にあたり、金沢市からも副市長以下15名のデレゲーションがポルトアレグレ市を訪問した。金沢市の踊りや加賀友禅染めの実演等文化芸能を披露するとともに、市内の公園に、金沢市から運ばれた「ことじ灯篭」を設置した。また、2016年には、長崎県からサントスに路面電車と龍祭りの龍体が寄贈された。母県からのミッションの派遣は、県人会の維持・発展のために重要な役割を果たすと言えよう。
現在、母県側による県人会への支援は年々薄れてきている。一方、姉妹都市交流の方が予算をつけやすいようだ。例えば、兵庫県の場合、パラナ州との姉妹関係を重視しており、滋賀県も、リオ・グランデ・ド・スル州との姉妹州県40周年に当たる2020年には、知事一行の来伯が決定しているようだ。県人会としては、そレラ予算の一部でも回して欲しいところであろう。
 
母県との留学生・研修生の交流も極めて重要である。県連のホームページ上では、このプ
ログラムの全容をとらえることは困難であるが、交流計画のある県は、岩手県、茨城県、富
山県、長野県、岐阜県、大阪府、兵庫県、鳥取県、岡山県、徳島県、愛媛県、福岡県、熊本
県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県等と多数ある。母県としては、留学生・研修生の交換・派遣プ
ログラムは、今後とも継続・強化することが望まれる。
もともと、県費留学生、研修制度は47都道府県すべてが行っていた。外務省が移住予算
を持っていた時代には、この留学、研修制度を支援し、半額を政府(外務省の移住予算)が負担していた。しかし、この移住予算がなくなり、外務省の負担がゼロとなった時から、県側も負担が増えることを理由に、この制度を廃止したり受け入れ人数を減らしたりしてきた。
県人会としては、若い人たちを県人会に引き付ける手段としてこの留学、研修制度の重要
性を認識しており、ことあるごとに復活を陳情しているそうだ。
安倍首相がブラジルを訪問し、日系人の人材育成を重要視し、JICA枠での研修生を大幅
に増加したが、日系社会の活性化につながるような工夫が望まれる。(連載104に続く)
 
写真 県連の事務所がある文協ビル

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