私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

2018年11月

臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(5) ニッケイ新聞WEB版より

2018年11月29日

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 印刷物の顔と旅券の顔が同一人物かどうか確認し、入国の判をおし、白紙のページに渡伯にさいして利用した交通機関や日付けなどを規定どおりに記載した。荷物を点検し、最後にブラジル国に正式に受け入れることを認める、というスタンプをおす、これが彼らに与えられた任務だった。
 自分の国でも関係機関の命令にきちんと従うということに正輝は慣れていたから、異国の地でも、同じようにふるまい、おちついて待った。手続きがなかなかはかどらないことが分っても、必要不可決な儀式のようなものだと考え、順番を文句もいわずに待ちつづけていたのである。
 とはいっても、数百人ではない。二千に近い人数だ。ブラジルの小役人どもの好奇心にあふれる目に映るのは、規律正しい小さな人間の群れだった。それも、航海中の恐ろしい惨劇がなければ、列はもっと長かったはずである。
 それなのに、長蛇の列ができてしまった。正輝は待ちながら、たいくつを紛らわすために今までのことを思い返してみた。

 正輝はちょうど84日前の1918年4月25日、希望と夢に燃えた1800人の日本人といっしょに神戸の港にいた。(当時の著名な新聞には1796人と記されている)政府が発行した宣伝ビラに書かれている「金のなるコーヒーの樹から札束をもぎ獲ろう」という気持ちで、若狭丸に乗船したのだ。ブラジルでコーヒーを獲ることは、この沖縄ではとうてい手のとどかない金額を、短期間に手にできる方法なのだった。短期間に金を稼ぎ、故郷にもどり、もち帰った金で、よりよい生活を始める、そう夢見て乗船した。
 ところが、神戸からシンガポールまでの、わずか三分の一の旅程で起きたことを目にしたとき、希望がゆさぶられる思いがした。希望をもちつづけるには強い信念が必要なのだと悟らざるをえない。ショックを受けたのは叔父たちも同じだった。苦い経験を経て、終着点、サントスに着いた。着いたばかりのいま、彼らから離れることはできない。
 航海が始まったばかりのころは苦しくて、船の揺れになじむのに難儀した。4~5日後にはそれほど揺れを感じなくなったが、琉球列島の海域に入って、まもなく、沖縄を通ると告げられた。この通達はこれまで過ごした3週間が何の意味もなかったような印象を与えた。沖縄から時間をかけて神戸までいったのに、何枚かの書類に書き込みをし検閲をうけ、また沖縄の沖を通っているのだ。
「どうして沖縄で手続きさせ、ここからすぐ船出しなかったのだろう?」
といきり立ったものだが、彼には移民を取り扱う機関は神戸一か所だけで、全ての移民は神戸から出るということが分っていなかった。
 しかし、そこを過ぎてすぐ、何かわるいことが起こるような気配を感じた。琉球列島を過ぎ、大陸と台湾の間の南シナ海を通り、フイリピンに近づこうとしていたとき、若狭丸は最初の台風に襲われた。経験者はそれほどひどい台風ではなかったという。ひどい台風ではないというが、船は傾き大勢の乗客が船の片方に、まるで人が折り重なって山ができるような揺れはなんというのだろうか。そのなかで、船の揺れなどたいしたことではないと正輝は自分にいい聞かせた。旅は想定外の状況に耐えなければならないものだ。これから先、生き延びるために最悪な状況を予想していたにせよ、はじめの寄港地に着くまでに起きたことは、彼にも同船者にも予想をはるかに超える事件だった。


≪中銀 28 日発表の10月統計≫ リオの山下さん(現在岡山在住)よりのお便りです。

山下リオです
中銀28日発表の統計より 

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10月の海外直接投資は30億ドル、過去12カ月累積は10月まで
480億ドルです。
 
国内の外貨フローは、貿易で10月は24億ドルの黒字です。
ファイナンスは、21億ドルの赤字で、合計3億ドルの流入と
なりました。
 
本年10月の経常収支は3億ドルの黒字です。
 
10月の貿易収支61億ドルの黒字で、過去12カ月累積は563億ドルです。
 
10月の外貨準備高は3803億ドルです。
(添付cambiocontratado811.xlsx) 
(添付baldepagto811.xlsx) 
 
10月の支払い手段M12.40%減、M1の過去12カ月は7.78増です。
インフレはFGVIGPDI指数で、10月は0.26%、過去12カ月累積は10月まで10.51%です。
年末まで月0.6を保っても、本年は2桁インフレになる恐れ
出てきました。
 
OUT
1.0026
1.105092018
10.51
NOV
1.006
1.102899375
10.29
DEZ
1.006
1.101366658
10.14
 
 
 
 
  • 8/205桁のデノミをした北のヴェネズエラボリバル・ソベラノ(Blivar Soberano公定レートは、85.87ですが、
 
2018
cucuta
Implicito
DICOM
平行ドル
D.Bitcoin
Petro
817
 
 
 
 
 
 
821
13.24
45.00
60.00
65.18
89.95
3600
1128
426.47
45.00
85.87
376.21
431.57
3600
 
現在まで国境地帯レートを13.24から426.47(32)
平行ドルは65.18から376.21(5.8)と暴走しています。

アメリカ便り「メキシコ国境で緊張高まる」  富田さんからのお便りです。(続き)

 亡命とはすでに米国内に居住しているか、国境に到着した、国際法の定義する「難民」に該当する外国籍者に与えられる保護を意味する。(1951年国連難民協定)
1967年の難民条約議定書は、難民を次のように定義している。即ち、難民とは彼、または彼女の祖国に帰国出来ない、または帰国したくない人であり、過去に於ける迫害、または人種、宗教、国籍、特定の社会的グループの一員であること、政治的意見の相異等を原因とする、将来に亘る「根拠の確かな恐怖」があることによって、当該国に於いて保護が受けられない人々を指す。
 
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写真:(www.laopinion.com)

1125日現在、メキシコ内務省発表の数字によると、移民キャラバンの人数は次の通りである。総数8,247名、このうち、7,417名がメキシコ・バハ・カリフォルニア州、メヒカリ市とティフアナ市に滞在している。残りの830名のうち、417名がメキシコ市に残留し、253名が北へ向けシナロア、ソノラ州内を移動中、153名は個別に国境へ向け移動中、とのことである。
今朝、1126日、内務省は様々な時期のキャラバンによってメキシコへ入国した約2000名の中米人が、メキシコ国立移民協会(INM)に祖国への送還を要求している、と発表した。

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               グラフ:(www.americanimmigrationcouncel.org)
さて現在、米国に亡命申請をしている、外国人は318,0002018年現在)に上る。申請が受け付けられたあと、面接があるが、早くても手続きが完結するまでに1,000日かかる。カリフォルニア州とニュージャージー州は1,300日もかかっている。
 但し、子供、シングルマザー、家庭内暴力及び拷問被害者、その他迫害、トラウマに苦しめられている人は、申請期間中、米国内で居住することが許可されることがある。     この例外規定に期待してか、子供連れの女性がキャラバンに多数参加している。確かに移民キャラバン以前は、多くの幼児連れの中米人「亡命申請者」は簡単に入国出来ていたようだ。
なお申請が受け付けられた後、亡命申請者は申請後150日経過すると、労働許可を申請できる。        
 
  米墨国境のサンイシドロ検問所に出頭した、米国ビザも持たない中米人たちは、係官から入国を拒否されないために、「亡命を申請する」ことになる。
米国の官憲は、彼らを出身国に送還することにより、彼らの生命の危険または自由が束縛される、危険に遭遇させることによって、国際法及び国内法に違反しない、ということを確実にするために、「根拠の確かな差し迫る危険、苦痛に対する恐怖」の有無を立証する必要がある。
 そのためには、亡命申請者は、「恐怖の存在」を公式書類によって証明しなければならない。そして、これの証明後、亡命の許可までには、3~4年かかる、のである。
 
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                                 写真:(newsweek.mex.com)

その間、中米人たちはメキシコ側で待機するよう、米側はメキシコ政府に要請しているようである。ところが、メキシコの新大統領・アンドレス・ロペス・オブラドール氏は121日に就任する、という間の悪さなので、移民キャラバンの人々は、クリスマスを寒いうえ劣悪な環境の仮設収容所で過ごすことになるだろう。
 明るいニュースもある。ティフアナ市当局によると、中米人たちに同市内で10万人規模の求人があり、平均給与は月額8,500ペソ(425ドル)だと、いう。ところが、中米人たちはこれに興味を示していないようだ。出身国に帰れば、生命の危険があるのなら、メキシコに定住したら良い、と思うのだが……。
(以上)


 アメリカ便り「メキシコ国境で緊張高まる」  富田さんからのお便りです。

和田さん&W50年の皆さん、ご機嫌いかがですか?今週は、小話をお休みして、移民キャラバンの続報、アメリカ便り「メキシコ国境で緊張高まる」をお送りします。
先週の日曜日、米墨国境の検問所が6時間にわたって閉鎖されました。このニュースと彼らが求める米国への「亡命申請」についてレポートします。さて、現在米国に亡命申請をしている外国人は318,000人います。皆さん、国別で最も多いのは、どこだと思いますか?実に意外な国なので、ぼくも驚きました。下記のブログでお確かめください。


富田眞三  Shinzo Tomita

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          メキシコ国境で緊張高まる

 

米墨国境検問所、一時閉鎖

 
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                                 写真:(www.expressnews.com)


1125日、メキシコ・ティフアナ市とカリフォルニア州のサン・ディエゴ市間のサンイシドロ国境検問所が6時間にわたって完全に閉鎖されたが、翌日、通行は再開された。25日(日)の午後、ティフアナの仮設収容施設を出発した、数十人のホンデュラス移民がサンイシドロ検問所に隣接する、エル・チャパラル検問所を不法に突破しようと試み、墨米両国の官憲によって阻止された。なお、世界で一番通行量の多い、この国境検問所が6時間も閉鎖されたことは、これが初めてのことである。

 

 メキシコ、米側両方の警官隊による催涙弾とゴム弾による攻撃で、ホンデュラス移民たちはメキシコ側に押し返された。当初、500人ほどのホンデュラス移民が国境に向け整然とデモ行進を始めたところ、メキシコ官憲に拒否された。警察はデモの目的もはっきりしていないため、拒否した、と思われる。だがこれに反発した、数十人が「我々には権利がある」と怒鳴りながら、国境を通過しようとして、阻止された後、首謀者たち39人がメキシコ警察に逮捕され、同国内務省は、ホンデュラスに強制送還する、と発表した。この事件による怪我人はいない、と報告されている。

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  写真:(www.newyorktimes.com)


この際発射された米国側からの催涙弾とゴム弾は、国境警備員たちが投石等の被害にあったために発射した、と説明されている。

 

 この6時間に亘る国境閉鎖問題は、トランプ大統領の国境の壁建設予算の審議が来月7日に迫っているため、与野党双方に格好の政治的「ネタ」を提供して、両陣営が激論を交わしている。

 

 メキシコ内務省の公式声明によると、この事件はキャラバン内の一部の人間による挑発行為によって引き起こされた、越境未遂事件であり、大部分の移民たちは、このような不法行為は彼らにとって、迷惑である、と認識している。

 

 中米移民キャラバンがティフアナ市等の米国国境地帯に到着してから、すでに三週間が経過している。8000人以上の亡命申請希望者のうち「不法入国経験者」がどの程度いるかは定かではないが、109日に発布された、「米国は不法入国経験者の亡命申請を拒否する」という大統領令が、亡命受付手続きを遅延させている、と思われる。先週の日曜の事件はこれに反発して起こったものとも言われている。と言うよりも、「不法入国経験者たち」は妻子を米国側に残している例が多く、なんとしてでも米国に再入国して妻子と一緒に暮らしたい、と思うのが人情なのである。ところが、ワラをも掴む思いで「亡命申請」に命運を賭けていた矢先に「不法入国経験者への亡命申請を拒否」との大統領令が発布された。彼らは最後の望みが絶たれたと思い、国境の柵を越えようとしたのかも知れない。

 

 では、ここで簡単に亡命について説明したい。これを理解しないと、移民キャラバン問題は分からないのである。

《ブラジル》あの三宅ローザの生涯が凝縮された一冊  ニッケイ新聞WEB版より

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それまではNHK制作の紅白歌合戦や数々のドラマの放映権をIMJが買い、再放送することで同番組の目玉にしてきた。それ放送技術の発達により、NHKが直接にブラジルで放送することになり、IMJのメリットが失われた。時代は流れてローザは引退した。
 それにしても、平さんはテレビ局編集局長という超多忙な毎日のどこに、このような取材を重ねる余裕を見つけられるのか。その超人的な仕事ぶりに感嘆するばかりだ。

 日系コロニアとまったく関わりのない平さんのジャーナリスト人生の中で、最初に日系の話を本にしたのは数奇な伯父の生涯を描いた『Assinatura do Preso』(Editora Daikoku、2012年)だ。それを栗原章子さんと中田みちよさんが『囚人の署名』として翻訳し、2年前の6月から本紙6面で連載した。憶えている読者も多いだろう。
 三宅ローザの人生にはブラジルと日本の色々な出来事が密に織り込まれている。23日午後6時半から聖市のリブラリア・ダ・ビラ(LIVRARIA DA VILA Rua Fredique Coutinho, 915 Piso Superior)でその刊行記念会が行われる。
 ここ10年ほど、すっかりコロニアから遠ざかってしまったローザだが、この本を機会に、ぜひ復活して欲しいものだ。関心のある方はぜひ、刊行記念会に足を運んでほしい。(深)

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