中高年の「元気が出るページ」終戦記念日特集 <地獄からの生還>第9回
天井は敵の通信中継基地
日にちは天井穴の薄明かりから判断して約1ヶ月立った頃、われわれ二人の悪い予感が的中する事態が起きた。
われわれの寝ている昼間、二人の頭の上を登っていく数十人の足音で飛び起きた。壁に耳を当てると、敵兵が壕の上に器材を運び上げている様子だ。そのうち階段までできたらしく、足音がトントントンとリズミカルに聞こえて来たのには肝をつぶした。
暫くすると、今度は天井穴の近くからハロハロと話したり、チリンチリンと電話を掛けたり、かかって来たりするような音が聞こえ始めた。われわれには英語は理解できなかったが、何か言葉を反復しているように聞こえて来た。これは後になって考えたことだが、爆撃でガブツ島とタナンボコ島を繋ぐ桟橋は破壊されていたし、向かい側のフロリダ島には敵の水戦基地があり、これらをつなぐ通信の中継基地を造っているらしい。
最悪の事態だ。向こうの音がこれだけ大きく聞こえるということは、逆にこちらの物音もちょっと耳をすませば聞こえるに違いないと、自分たちの立てる音にはことさら神経質になった。暗い中では手まねや表情では意思が通じず、どうしても話したいときは、相手の肩を叩き、耳へ口をつけて内緒話の仕草をした。
われわれの命の水、天井から落ちる滴は、空の缶に受ける最初のカンカンと響く音を少しでも消そうと、最後に飲んだものが少し残しておいた上に受けるようにした。
われわれが水溜りをピチャピチャと歩き回っては向こうに聞こえてしまうだろうと、敵が活動する昼間は、こちらの行動をピッタリやめて寝ることにした。
敵の通信士は、2時間おきぐらいに交替するのもわかった。
暫く音がしなくなると、夜がきたなと、今度はこちらが行動開始。日課の自分たちの居る場所に乾いていそうな土盛りをはじめ、終わると梅干し樽の底に沈む残り汁を指につけてなめ、終いには塩気を爪で引っ掻いて舐め尽くし、全くの空っぽになった。
とうとう自分たちが口から吐き出した梅干しの種を、盲目の人が潮干狩りで貝を探すように、泥水につかった土の中を探り、泥と一緒につかみ出し、その中に種を見つけると口に放り込んでは奥歯でカチッと噛み砕き、中の天神様、子葉を食べるまでに追い詰められた。
敵の通信士が階段を上ってくる足音がすると、また朝が来たなと思い、われわれはお互いが生きていることを確かめ合った。わが軍による奪還の期待は諦めに変わっていた。
いよいよわれわれはこれまでか。この壕に閉じ込められて幾日になるかもはっきりしない。だが、何かいい方法はないのか?
ここを脱出し、生き延びるにはどうしたらいいか。二人ともいくら考えてもいい方法が浮かんでこない。外の状況が分からず、敵がどの程度どこにいるのかを知らなければ、なんの対策も立てられなかった。
(明日に続く)