私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

2020年05月

日本財団=日系人の日本留学の夢応援=6月から希望者を募集開始  ニッケイ新聞WEB版より

スカラーシップにより留学した学生達

スカラーシップにより留学した学生達

 公益財団法人・海外日系人協会(飯泉嘉門会長※いいずみかもん、神奈川県横浜市所在)が、ブラジルを含む中南米に在住する日系人子弟を対象に日本留学を支援する給付型奨学金プログラム「日本財団・日系スカラーシップ夢の実現プロジェクト」の受給希望者の募集を、今年も6月1日から開始する。
 同プログラムは居住する国と日本との間の理解促進や、居住国・地域社会の発展に貢献するための具体的な計画や夢をもつ、次世代の日系社会を担う18歳から35歳までの日系人に対し、最長で5年間日本へ留学する機会を与えるというもの。
 留学生への支給内容は、往復航空券運賃、留学機関にかかる費用、住居費、生活費などが含まれる。
 募集人数は5人程度で、主に中南米地域在住で日常生活に支障がないレベルでの日本語力が望ましい。応募資格・要件は次の通り。
 ▼中南米に在住する日系人であること(国籍、学歴、訪問経験不問)▼原則として18歳から35歳まで▼海外日系団体の推薦を得たもの▼専門的な技術を身につけ、帰国後、居住地・地域社会で活躍する夢を持つ者▼留学経験を活かし両国の相互交流の懸け橋となる希望を持つ者▼留学生の自主的な社会貢献を主体的に参加できる者
 募集期間は6月1日から7月31日。
 留学先期間は不問であるが、本人が入学交渉を行うこと。ただし日本語学校は同協会の指定による。
 選考は書類による1次審査(9月上旬)と、面接による2次審査(9月下旬~10月上旬)が行われる。最終合否決定は10月末の予定。1次2次ともに文書で結果を通知する。
 応募希望者は、同協会のサイトから応募書類をダウンロードし、日本の同協会に送付のこと。ファックスやEメールによる受付不可。詳細は(https://nikkeischolarship.org/jp/)まで

大耳小耳 関連コラム
     ◎
 毎年5人ほどの若者達に日本留学の機会を与える「スカラーシップ」。すでに日本にいる留学生はこのコロナ禍でどうしているだろうと思い、スカラーシップサイトの留学生ブログを読んでみた。すると、遠隔で授業を受けている人や、中止になった日系留学生会のミーティングをオンラインで行えるよう自主的に動くなど、今出来ることを頑張っている様子。ブラジルよりはコロナ感染が落ち着いているとはいえ、制限ある中での活動はもどかしいだろう。新しい留学生が行くころにはすっかりおさまっているといいが・・・。
     ◎
 県費留学・研修、国費留学、JICA日系研修など色々な留学制度があるが、この「日本財団・日系スカラーシップ夢の実現プロジェクト」の待遇が一番良いとの評判を聞く。日本に留学したいという夢を持つ孫やひ孫がいたら、ポ語の紹介記事(https://nikkeischolarship.org/pt/oubo012/)もあるので、ぜひ教えてみたら?

特別寄稿=えっ? この時期に日米訪問=便ドタキャンすり抜け強行=サンパウロ市在住  林 まどか  ニッケイ新聞WEB版より

 ブラジル日本文化福祉協会副会長の林まどかさんが、コロナ外出自粛が始まった3月下旬に一時帰国して郷里・福岡などを訪れ、4月中旬には娘の住む米国ボストンを訪問し、5月上旬に帰伯した。半年前から計画を練り、楽しみにしていた旅行だったので、まさにコロナ騒動の真っ只中だったが強行したという。その間の顛末を、寄稿してくれた(編集部)

 「えっ! え? マアコなの? 今どこ? 本当に日本なの?」――電話口で、大学時代の友人は、驚嘆の声をあげた。
 昨年一緒に恵比須のQ.E.D.クラブで「蛍」を鑑賞し、フランス料理で古希を祝った仲である。日本に着くといつも一番に連絡する。同じスポーツ医学で栄養学のゼミを取った仲間だ。
 その驚嘆ぶりから「そうかなあ~。やっぱりそうかな」と自分の行動に自信がなくなる。この時期に日本に行くなんて、皆そう思うのかな? と思った。
 この訪日の決断は勇気か?無謀か!といえる裏には、大いなる動機が潜んでいる。
(1)6カ月前から、準備していたこと。
(2)どうしても二組の親戚に会いたかったこと。
(3)日本の家の周りの環境を点検したかったこと。
 さんざん考え、同じ時期に、本帰国(永住帰国)された方々の情報もふまえ、飛行機便キャンセルの数度の相次ぐ中、潜り抜ける決断をした。

ガラガラのグアルーリョス国際空港

 「今帰らないと年内には、訪日できないのではないか?」。その気持ちも大きかった。「そうだ。こう決断したからには、絶対コロナにかからないぞ!!! かかれば、まわりが迷惑する!」。決断すると、その思いは余計強くなった。
 せっせと『アマビエ』の姿を写し出し、絵に描いた。この『アマビエ』は熊本県に住む伝説の妖怪で、水木しげるが1984年に、その妖怪の原画を描いた。
 日本に着くとこのグッズが、東急ハンズで売られている。商魂たくましいと驚く。その後、和菓子や、金太郎飴でも生産されている。
 私は、この絵姿を黄色の紙に写し、パスポートの間にしっかり挟んだ。
 神様、仏さま、ひいばあちゃん、ひいじいちゃん、おじいちゃん、おばあさま、お父様、お母様、ありったけの守護神(霊)となりそうな方の名前を、この絵と共に胸にしまい込む。
 こんな時に、いい気なものだ。あまり普段思い出さない人も、自分を保護してくれる方と味方に引き込む。身勝手ですね、人間は。
 こうして3月下旬に、飛行機にのり込もうと向かったグアルーリョス国際空港はガラガラ。カウンターで色々言われ、「うああ~、ここまで来て飛行機に乗り込めないのだろうか?」とラインで旅行社の人に連絡する。
 これは、航空会社の人の単なる技量ミス。第一関門突破。やれやれ。
 こうして、ロンドンに向かう。数日前の日本の民放で、ロンドンから着いた飛行機は、羽田の検疫で、立ったまま5時間待ちとの映像が流れた。
 「どうなるのだろう」と不安に駆られたが、機内は空いていて、独りで4座席使い、すやすや。

「罪人扱い」のような日本での自粛期間

 羽田の人間検疫は、おかげさまで一時間で通過。しかも自己申請で何の問題もなし。その後はPCR検査が義務付けられているとか。(※ここで助言。訪日される方は、人間検疫について調べておいた方が良いですよ。その後の行動、特に自粛期間のあり方や、交通機関その他注意事項の情報の為。03・6847・9312)
 その後の自粛期間(2週間)の長いこと。しかもホテルは、掃除もしてくれないし、シーツ、枕カバ―、タオルや、ゴミは、廊下に出しておく。まるで罪人扱い。毎日体温計で、熱を測り提出。ホテルの接客係のチーフは、気の毒そうに言ってくるが、外国からの客は、要注意みたい。
 日本について驚いたのは、結構みんなのんびりムード。レストランも、それこそパチンコ店も開いており、サンパウロの緊急事態宣言の街中を知っているので、「?」といった感じ。
 着いて、一週間目。数週間後の帰伯便をチェックすると、「その便飛びません。4月中旬から、末まで飛びません」といわれ慌てて、ふりかえ便を、依頼する。
 今回つくづく感じたのは、日本の航空会社の対応が優秀で、24時間体制で電話に応じてくれて、非常に助かる(羽田空港03・5757・8111)

 日本では唯一訪問したかった場所があった。産土神の総社、高倉神社である。
 私が生まれた町の百メール程の距離に、産土神の神社、岡湊神社(福岡県遠賀郡)がある。万葉時代からの神社で「なんじゃもんじゃ」の木で有名。よって格の高い神社と思っていた。だが、ある神様に詳しい人が、それは末社だという。
 この高倉神社は、この近辺では、非常に格が高いという。福岡県遠賀郡岡垣町大字高倉にある。後で、写真で提供するが、参拝して驚いた。確かに鎮守の森に囲まれ、深山幽谷の中にあり、木立からもその威厳が感じられる。人に知られていないので、参拝客も誰もいない。今回の訪日で、唯一慰撫され、浄霊の場所となった。
 こうして、東京は怖いので、田舎にこもり、次の親戚のいるアメリカに飛ぶ。

米国に向かう機内、乗客15人のみ

 アメリカでも入国が厳しいと、成田国際空港でさんざん言われた。
 しかし一番驚いたのは、あの成田に人がほとんどいない…。土産物屋さんが一店舗も開いていなく、夕食を食べるにも苦労する。わずかに2店のみ開いていた。それも16時には、閉まりますとのこと。そういうこともあり、機内は、わずか15人ほどの乗客。これでは、休航したくなりますよね。
 アメリカでは、とても心配していたが、何の検査もなく入国。ほっとする。

米国フレミンハム市のクッシング公園。この地は、第2次世界大戦のとき、兵士のための野戦病院が出来たところ。大木に孫2人が遊ぶ

 その後、ボストン近郊で、孫の日本語の家庭教師やピアノの先生をして過ごす。
 梨の木、ミモザの木が満開で、まだ桜も咲いていた。アメリカの家は、隣りとの間に庭があって距離が離れている。ほとんど「三密」(密閉、密集。密接)状態にはならない。
 しかしニューヨーク市などの密集地帯は感染者が多く、昨日のニューヨークタイムスでは10万人の死亡者に、紙上で哀悼の意を表したという。
 幸いに今回、日本でも、アメリカでも、近くに感染は居なかった。
 ところが、どうだろう。ブラジルに帰ると身近に感染者の話を聞く。

オーウエルの『1984』を携行

 さて今回の旅行に「何の本を携行するか?」で、迷わずジョージ・オーウエルの『1984』を選んだ。村上春樹のではなく、高橋和久訳を所持する。
 この本は、アメリカンスクールでは、高校生の必須履修項目で、原語で読まされる。ところが、第一章はかろうじて読み終えたが、気分が悪くなり先に進まない。ユーチューブで、ある読書会の評釈を聞いて読んだ(?)ことにした。全章の朗読版もあるが、どうも細かいディティール(詳細)は知りたくない。
 社会主義国家、共産主義国家、管理社会への、近未来の予測。1948年にかかれたこの本は、恐ろしいほど、現代のC国に似ている。チベット問題、ウイグル自治区、香港の問題は、胸が痛くなる。スターリンやトロッキーに似た人物が出てくる。
 主人公の歴史を改ざんする役職というのも、考えさせられる。冒頭の〈2分間の憎悪〉という儀式は、寒気がする。ジョージ・オーエルの父親は、インド・ベンガル地方の英国阿片局の官吏だったという。このような、生い立ちも、この本を書かせるようなきっかけになったのだろうか?
 さて、もう一冊。これは日本で買った本。最近、作者の浜田マハさんのが面白くて何冊も読んだ。『ダグダラ屋のマリア』を読んで、なあに?聖書の原罪?などと勝手に思い込み、熱烈な愛に、舞台の地名の「尽果」(さいはて)はどこだろう? 鳥取?などかと考えた。
 今回のお薦め本は、『楽園のカンヴァス』。最初の数頁から引き込まれ、ぐいぐいとサスペンスのような感じの、謎解きの美術評論小説。舞台は岡山、倉敷の大原美術館から始まり、スイス、バーゼルへと移る。
 ピカソと同年代のアンリ・ルソーは、マイナーな画家だと思っていたが、偉大なのだ。私には分からないが、終章が特に感動的。気持ちが洗われ、「絵画とは何か」を考えさせられる、心温まる懐想、風雅な話。

5月初旬、前倒しして祝ってくれた母の日で下の孫と

第3次世界大戦勃発か、ただの風邪か

 さて今回の「コロナ騒動」。新型コロナウイルス、武漢ウイルス、マスコミウイルスといわれるこのパンデミックは、なんなのか?
 この未曽有の事件に、誰も先がみえない。第3次世界大戦が勃発しているという人もいる。このコロナ騒ぎで、裏では、各国騒然として、軍事行動をはじめている国もあるとの憶測も流れる。
 特に、日本の場合は、隣国との国境が近接している。よって防衛力の強化。国内生産体制の強化(日本企業の国内回帰)、食料やエネルギーの自給率を高める等が焦点となる。
 かたやスピリチュアルな、動画も流れ、人類の新しい生き方、世界を模索する。
 先に提示したような、『1984年』の世界が来て、言論統制、管理社会、恐怖政治、武力による弾圧等が起こり、人々が、自由に考え行動することの出来ない世界が、来るようなことは絶対避けたい。
 しかしこの騒ぎ、自粛期間中に、自分への内省、内観を通し、色々と熟考できる機会があったことは、良いことことかもしれない。
 このように言う人もいる。「コロナは、普通の風邪。最初の3日間が大切。熱が出たら解熱剤など飲まない。薬で熱をさげないで、食料は少量の摂取にとどめて、横になると良い」—と。
 毎年のインフルエンザの感染率、死亡率に比べると、という意味らしい。今、日本では、アビガンや、レムデシビルの効果が期待されているが、高いエビデンス〔医学的証拠〕は、期待できないという人もいる。
 「Fact Fulness」(フェクトフルネス〉思い込みや記憶の刷り込みでなく、データをもとに世界を正しく見る習慣。真実を見つめて行動する。今後、これが大切なことだと思う。自分の思考能力を研ぎ澄まし、きちんと判断しよう。

 さて最後に、「コロナ除けの11の心得」を記し、結びとしたい。
(1)糖質の過剰摂取をひかえる。
(2)腸内環境を整える。プロテイン。青汁、梅干し、しょうが、リンゴなど。
(3)ビタミンCを大量摂取、一日に3g以上。
(4)早起き、早寝をして太陽を浴びる。カーテンを開ける。
(5)粘膜を乾燥させない。マスク、加湿。
(6)タバコ、アルコールをひかえる。
(7)手洗いをマメにする。
(8)石けんで手を洗った後、保湿にワセリンを使う。
(9)自分を消毒しない。「常在菌」を大事に。スマホなどは消毒。
(10)適度に運動。30分ワーキング、自分を追い込むトレーニングはしない。
(11)ストレスをため込まない。
―などに気をつけて、日ごろから予防対策を。

≪私の散歩道≫ 杉井さんから甲山近辺の地図が届きました。

松​栄さん

 

宝塚高校は逆瀬台にあるのですね。そこからだと甲山の北側を見ることになりますが、私は逆にいつも南東側から見ているので形が異なりますね。

甲山周辺も阪神淡路大震災後に随分様変わりしました。

五ケ池は震災前は貸ボート屋があり、時々子供を連れて乗りに行きましたが、震災後は閉鎖され金網で囲まれて中へ入れません。近くのトイレで女子小学生の殺害事件が起きて未だに霊が出るとか、フィールドアスレチック跡やピクニックセンターで自殺者が多いとか言われていてこの一帯は心霊スポットになっている様です。

震災で崖崩れが起きて多数亡くなられた仁川百合野町には地滑り資料館が出来て当時の写真や資料が展示されています。震災前は用水路沿いに森林公園の展望台への道があったのですが、今は通行止めで残念です。

モリアオガエル生息池は五ケ池から神呪寺への車道の関学道バス停から入ってキャンプ場の近くです。下記のマップのピンク印の所です。

 

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​蝶々と言えばブラジル駐在時に良くモルフォを採りに行きました。本社の部長が世界の蝶のコレクターで、ブラジル出張にも捕獲道具一式を持参され、サンパウロからリベロンプレトまで飛行機で行かずに車で行き途中下車して森に入って餌の肉を置いて探すのですが、この蝶は上下にダイナミックな飛び方をするので中々捕獲が難しかったです。蝶には肉食系と草食系があって肉食系の方が色が鮮やかできれいだということもこの時に教わりました。もう45年前の話です。

杉井


サンパウロ市編=自粛生活の心がけを聞く=体動かしストレス発散を ニッケイ新聞WEB版より


2018年6月、ラジオ体操連盟40周年記念の折、リベルダーデ体操記念塔の前で元気に記念撮影をするリベルダーデ・ラジオ体操会の皆さん(前列右端が鹿又さん)

2018年6月、ラジオ体操連盟40周年記念の折、リベルダーデ体操記念塔の前で元気に記念撮影をするリベルダーデ・ラジオ体操会の皆さん(前列右端が鹿又さん)

 新型コロナウイルスによる外出自粛令が発令されてから早2カ月――。自粛生活の過ごし方、心がけについて、サンパウロ市在住者に電話取材をしてみた。

アレンテーナ(検疫)で毎朝のラジオ体操会も自粛している現在、体が鈍らないよう毎日自宅で運動しています。人間は怠けぐせがある生き物なので、こういった時こそ、少し疲れるぐらいの運動がいいのです」と語った。
 1978年10月1日から42年間、ほぼ毎朝欠かさずリベルダーデ日本広場で行ってきた伝統のラジオ体操も、3月17日から活動中止を余儀なくされている。
 鹿又会長も自宅待機をしているが、体力温存・老化防止のため、毎日自宅マンションの階段を1階から12階まで2往復登り降りし、60分間ほど駐車場内を歩く運動を行っているという。
 「少しでも血行を良くして老化防止を防ぎましょう。閉じこもっているだけでは蓄えたエネルギーを発散できません。歩くもよし、体操もよし、飛び上がるもよし、こんな状況でも自宅内でできるかぎり体を動かしましょう」と語った。
 サンパウロ市在住、南米産業開発青年隊協会の渡辺進会長(静岡県、70歳)も同様に身体を動かすことを勧めた。

2018年の南米産業開発青年隊協会定期総会(前列左から5人目が渡辺さん)

2018年の南米産業開発青年隊協会定期総会(前列左から5人目が渡辺さん)


 「ブラジルの将来に対する不安はありますが、自粛生活による気持ちのストレスは少ないです。むしろ日頃の課題に向き合う良き時間と考え、毎日自宅で稽古に励んでいます。運動後の夕飯は本当に美味しいんですよ」
 渡辺会長は長年稽古を行っている剣道で、課題に向き合う良い機会だと考えたという。以前は週3回の道場での練習に勤しんでいたが、コロナ禍以降、道場が一時閉鎖の為、自宅のガレージで連日一人稽古を行っている。毎夕竹刀の素振り稽古、スクワット、バーベル等で汗をかいているという。
 さらに自粛生活でストレスを溜める人への心配も。「自粛令下で、外出もできず家の中に籠もりきりでは、ストレスも溜まる一方でしょう。特に血気盛んな若者が力の発散する場所がないことを考えると心が痛いです。老若男女体力の差はありますが、少しでも身体を動かすことでストレス発散にもなるのではないでしょうか。こうした状況を逆手にとって毎日の目標をたてて行動する、良い機会だと思います」と語った。
 一方、サンパウロ市在住の城崎・ヨシナガ・キヨコさん(77歳、二世)はコロナ感染防止の為、極力外出は避けているとのこと。外出時は早々と用件をすませて、寄り道をせずに帰宅することを心がけているという。
 城崎さんは16年前に夫を亡くし、現在は愛犬と住む。不安はあるが息子同様の犬と、毎日横で一緒に就寝しているとのこと。そんな城崎さんを心配する親戚や娘家族との定期的な電話が何よりの楽しみだという。
 「自粛生活の不安はありますが、家族や親戚と思い出話を語ることで心のモヤモヤもすっきりします。信頼している愛犬が毎日一緒にいてくれるので本当に安心しています」とペットを飼うことの良さを語った。

≪私の散歩道≫ 杉井さんからのお便りが届きました。


和田さん 杉井です。

漸く緊急事態宣言が解除されたもののまだ県外移動は自粛状態なので、今まで自宅から歩いて行ける甲山(309m)へ登ったり森林公園を歩いたりする程度でしたが、県内の六甲山へも行ける様になりました。

甲山の麓にモリアオガエルの生息池があり丁度今が産卵シーズンです。木の枝に泡で覆われた卵を産み付け、孵化すると下の池に落ちてオタマジャクシになり、成長すると森で暮らすという変った蛙です。






森林公園はモチツツジが満開を過ぎ、ヤマボウシやウツギが満開です。ウツギはバイカウツギなど種類が多く、ニシキウツギは同じ木に白、ピンク、赤色の花を付けますが、白から赤へ或いは赤から白へと色変わりするのでしょうか。


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