私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

2021年08月

キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (17) ニッケイ新聞WEB版より

植物学者、橋本梧郎氏から野澤氏への手紙

植物学者、橋本梧郎氏から野澤氏への手紙

胎動期;1963〜71年

 夏場栽培キノコの探索で、名も無いキノコと遭遇と同定。
*)1963年;古本が名もないキノコと遭遇。即ち、サンパウロ近郊の標高は約800mだが夏場の気温は30〜35℃に達し、マッシュルームを栽培する菌舎の内部温度は菌糸の正常な生育上限の23℃を超えた。当時の日系人のキノコ栽培者は未だ菌舎に空調設備を設置する経済的余力は無く、低温に同調できる耐熱構造の菌舎も無かったのでキノコ栽培は夏場は休業して秋口から春先にかけての年間単作を余儀なくされ、栽培者は夏場栽培のキノコを求め里山を探索した。
 古本はサンパウロの西方約200kmのパラナピアカーバ山脈沿いの寒村ピエダーデで、古老の日系人より松茸に類似したキノコを提示され、毒キノコか否かを尋ねられた。現地では名も無い野生のキノコは全て毒キノコと見做されていたので、古本は食用になるとは即答し兼ねた。

 古老の予感では松茸に似ているので、もしかしたら食べられるのではとの一抹の期待はあったと思われる。このキノコが後日、莫大な恩恵をもたらしてくれた“アガリクス”との初めての出会であった。
 そこで古本は日を改めて古老の案内でそのキノコが自生する森を訪ねた。キノコは草むらの何箇所かに4〜5本ずつ群生しコロニーを形成していた。捻るようにもぎ取り匂いを嗅ぐと、鼻を突く匂いがした。菌傘は直径3〜4cmの褐色で、菌柄は白く丈は約5cmで、キノコ全体にぬめりを感じた。
 その後の古本と私の関心事は、この名も無いキノコが果たして毒キノコか否かであった。しかし我々は化学的手法による毒の有無の判別法を知らなかった。これより古本は当キノコを拙宅に持参して実際に食べ、生体実験によりこの名も無いキノコの毒の有無を確認する事にした。毒見した分量は古本との一蓮托生の運命とは云え、万が一の事態を想定すると雑念に負け予定の半分ほどだったが、結果は何らの体調異変も体感する事無く、キノコは無毒であるとした。
 この毒見については巻末の橋本先生からの書簡を参照されたい。かかる経緯により古本は里山に自生していた“アガリクス”の直接の発見者では無いが、運良く古老との出会いを機にアガリクスが次の経緯を辿り商品化が成就されたので、我々は古本をしてアガリクスの発見者または先覚者として敬服している。
1)夏場栽培のキノコを探索中、ピエダーデの日系の古老は古本がキノコの識者と既に知っていたので、「このキノコは毒キノコか否か」を尋ねられたので初めてアガリクスと遭遇した。
2)古老にアガリクスが自生していた現地の森に案内され、自生の状況を初めて確認した。
3)古老から依頼されたキノコの毒性の化学的判定法を知らないので、古本と野澤はキノコを食べて生体毒見試験の結果、両人とも何ら体調異変は感知せず無毒と判定した。(手紙参照)

第42回バーチャル座談会【東京オリパラに付いて語る】その9

私たちの40年!! あるぜんちな丸同船者寄稿集 (nikkeybrasil.com.br)

【東京オリパラに付いて語る】その9は、アフガニスタン初の女性パラリンピアンが出場できなくなったとのニュースから始まり、日本選手団の結団式、24日の会開式、現在日本滞在中のリオの山下さんに毎日現地の様子、パラリンピックの基礎知識等を送って頂きそれに各国のメダル数を時事ドットの速報をお借りしてブラジルの現地紙の1日遅れのニュース写真等をBLOGに掲載しバーチャル座談会を続けて来ましたが、山下さんの協力で何とか続けていますが、丸木さん、松栄さんの参加以外には、投稿が無く辞めて置けば良かったと反省していますが、今週末の閉会式迄山下さんにお願いして続けることにします。写真は、日伯両国の旗が表彰台の上に輝くのを期待して待っていた所、4日目27日に男子5000mで金、銀、銅の日伯国旗同時掲揚が実現しました。

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HuffPost Japan: アフガニスタン初の女性パラリンピアン、東京大会に出場できず。「胸が張り裂けそう」と選手団団長 武装勢力タリバンが全土を掌握したアフガニスタン。8月24日に開幕する東京パラリンピックに、同国の選手たちが出場できなくなった。
国際パラリンピック委員会の担当者はNPRに「すべての空港が閉鎖されたため、選手たちが東京に出発することができなくなりました」と説明した。
アフガニスタン・パラリンピック委員会の選手団団長を務めるアリアン・シディキ氏も「現在アフガニスタンで混乱が生じているために、残念ながらチームはカブールを予定通りに出発できない」とロイターに語った。
出場予定だったテコンドーのザキーア・コダダディ選手と陸上のホサイン・ラソリ選手は、8月17日に東京に到着する予定だったという。
アフガニスタン初の女性オリンピアン2人の選手のうち、コダダディ選手はアフガニスタン初の女性パラリンピアンだった。
出場について「ワイルドカード枠で大会に出場できるというニュースを聞いた時、感激しました。アフガニスタンの女性がパラリンピックに初めて出場することになり、とても嬉しいです」と喜びを語っていた。

和田:矢張りアフガニスタンからの初めての女性選手が参加できなくなったようですね。団長のシディキ氏は「障がいをもつ人たちを勇気付け、自分もパラスポーツに参加しようというモチベーションになる」と述べていた。また、タリバン政権時代、女性たちは教育などの権利を奪われ、行動は厳しく制限された。 抑圧に苦しみながらも少しずつ権利を獲得してきた女性たちにとって、初の女性パラリンピアン誕生は歴史的快挙だったが、それが直前で途切れてしまった。と胸が張り裂けそうと残念がっているとのニュースがHuffPost Japanを通じて配信されていたのでお借りする事にしました。

東京パラリンピック 日本選手団の結団式 史上最多255選手 2021年8月17日 18時05分 オリンピック・パラリンピック
8月24日に開幕する東京パラリンピックに臨む日本選手団の結団式が都内で開かれ、主将を務める車いすテニスの国枝慎吾選手が「子どもたちに人間の無限の可能性を感じてもらいたい」と抱負を述べました。

東京パラリンピックは日本から史上最多の255人の選手が参加します。
結団式は、主将の国枝選手や副主将を務めるゴールボールの浦田理恵選手など一部の選手がマスクをつけて出席し、ほとんどの選手はオンラインでの参加となりました。
式では選手やコーチなどが競技ごとに紹介されたあと、旗手を務める卓球の岩渕幸洋選手とトライアスロンの谷真海選手に、河合純一団長から団旗となる国旗が手渡されました。
最後に国枝主将が「東京オリンピックでは日本代表選手のベストを尽くす姿に心震える場面が何度もあり、スポーツの持つ力を示してくれた。東京パラリンピックの日本選手団も勇気と覚悟を持って全力で戦い抜くことを誓う。障害のあるなしにかかわらず、日本のたくさんの子どもたちにパラスポーツを見てもらい、人間の無限の可能性を感じてもらえることを願う」と述べました。
東京パラリンピックは8月24日から9月5日までの日程で、およそ160の国と地域から4400人が参加して、22競技、539種目が行われます。

和田:愈々パラリンピックも24日の開会式1週間前の8月17日に結団式が行われたと上記NHKニュースをお借りしました。ブラジルから日本の浜松に行っているブラジル水泳選手がコロナに罹っているとのニュースが流れていますが、皆さんのコメントも無く静かなものです。遣る限り話題で盛り上がって欲しいですね。大会期間中は、バーチャル座談会もオープンして置くことにします。メンバーの皆さんの参加をお待ちします。

≪パラ関係者の感染者100人超 業務委託先の業者に集中≫ 朝日新聞WEB版より パラリンピックのシンボルマーク「スリー・アギトス」=2021年8月20日午前7時19分、東京都港区、遠藤啓生撮影
東京オリンピック(五輪)・パラリンピック大会組織委員会は21日、資格認定証を持つ国内外の15人が新型コロナウイルスの検査で陽性と判明したと発表した。組織委が今月12日からパラリンピック関係者の感染者数を発表し始めてから、累計は101人となった。
 15人のうち選手は1人。組織委の業務委託先の業者が9人で最も多く、大会関係者が5人だった。来日した関係者は7人、国内在住者は8人だった。 組織委は毎日、選手や資格認定証を持つ大会関係者、関係業者、国内外メディアなどの感染者数を公表している。累計101人の内訳は、業務委託先の業者が最も多く67人、ほか大会関係者15人、メディアと組織委職員各8人、選手が2人、ボランティアが1人。

和田:山下さん ところで時間が許せば明日から始まるパラリンピックの日本の様子をレポートして貰えますか?1964年の東京オリンピックの年にパラリンピックも一緒に開催されたのですか?バーチャル座談会に是非参加下さい。

東京パラリンピック、24日開幕 コロナ対策、実効性伴うか〔パラリンピック〕JIJI.COM より 2021年08月23日19時2分
お台場海浜公園の海上に設置されている、パラリンピックの巨大シンボルマーク「スリーアギトス」=23日午後、東京都港区
 障害を抱える選手によるスポーツの祭典、東京パラリンピックは24日、東京・国立競技場で午後8時から開会式が行われる。新型コロナウイルスの世界的な流行を受け、東京五輪と共に史上初めて1年延期され、足元の感染状況も好転の兆しが見えない中での開幕となる。
 大会には個人資格のロシア選手を含めた161の国・地域と難民選手団が参加。開会式翌日の25日から競技が始まり、閉会式がある9月5日まで22競技539種目で争われる予定だ。日本選手は史上最多の254人に上り、全競技に出場。金メダル20個獲得の目標を掲げる。大会運営で最大の課題は、やはり新型コロナへの対応となる。選手と外部との接触を断つ「バブル方式」を東京五輪に続いて導入するが、開幕前から選手の陽性者が確認されており、感染拡大を防げるか懸念される。感染した場合、重症化リスクが高いとされる疾患を持つ選手もいる。大会組織委員会は東京都、千葉、埼玉、静岡の3県にある全競技会場を原則無観客とし、22日には選手村で従事する関係者の検査を当初の4日に1度から毎日に頻度を引き上げる方針も示した。五輪以上に厳格にした対策の実効性が問われる。

山下:和田さん 先のオリンピックの表彰式で、ブラジルと日本の国旗が同時に掲揚されオッと思った。男子スケーボー、サーフィン男子、女子スケーボーと新種目で、日伯ともに新しいことが好きなのだ。
歴史的に永年指導していた柔道でも女子78キロ級で揚がった。女子バレーまた男子サッカーでも揚がるかと思ったが残念なり。
いよいよ明日からパラオリで、日伯ともに多数の選手を送り込んでいる。こんどはいくつ同時に揚がるだろうか。
日本国内に種目別に事前合宿などのホストタウンが多くあり、人流はさけられず、コロナ陽性者は少々増えるだろうが、アストリートやコーチにとって日本開催は夢であり意義がある。ぜひとも成功させてもらいたい。視覚障碍者のゴールボールのように無観客の方が静かで良い球技もある。
日本のスポーツ科学と器具メーカーとアストリートが緻密に融合した新技術構築に世界貢献できる。義足がバネになって世界記録になるのはサイボーグみたいで疑問はあるが、実験しながら手直しで完成させるのは日本人の特技ですね。
次世紀のブラジルが先送りされ、工業化の夢破れている現状では、スポーツ交流を積極的に推進するのが良いと心から思う。

和田:山下さん 面白い観点からの楽しみ方があるものですね。日伯の旗が同時に上がる競技ですか?明日から始まるパラリンピックの見方の一つですね。是非山下さんのパラリンピックに付いての書き込みをお願いします。山下さんの助っ人が入れば10日間面白く楽しめるでしょう。バーチャル座談会も盛り上がるでしょう。宜しくお願いします。明日の開会式は、ブラジルの朝の8時から始まりますので実況放送が見られそうです。寝坊しないようにします。では又明日。

山下:パラリンピックの開会式は地味だがよかった。パーソンズIPC会長はブラジル人とは知らなんだ。IOCのバッハ会長より挨拶の短いのが良かった。
まずオリンピックもパラリンピックも野外の式典が大雨にならなくてよかった。161か国から4400人が参加、日本選手254人で最高、ロシア242人、米国236人・・・ブラジルも128人送り込んでいる。
なお過去のメダル獲得数は
米国2054
英国1789
ドイツ1443
オーストラリア1125
カナダ1059
中国1033
フランス949
― ―
日本362
ブラジル308
なお日本は開会式の日に、緊急事態宣言に北海道、愛知、宮城、岐阜、三重、滋賀、岡山、広島をさらなる追加と、蔓延防止等重点措置に高知、佐賀、長崎、宮崎を追加すると発表した。

和田: 山下さん パラリンピックの開会式に付いてのコメント有難う。IPC会長は、ブラジル人ですか?知らなかったですね。今朝は8時からの開会式を実況放送で見ました。地味だが良かった。同感です。会長の挨拶が短いのが良かったにも同感です。車椅子の女の子が吊り上げられて空を飛ぶのではないかと思っていましたが屋根がないのでドロンでも飛ばして引き上げる他方法がないですね。将来は、ドロンが引き揚げて場外に連れて行くようになれば面白いですね。軽い荷物は運んで呉れるようですが車椅子の女の子は、車を入れると50㎏はあると思うのでドロンではつり上げられないでしょうね。
明日は、9時から一斉に競技が始まるようですが、日伯の旗が一緒に上がるのは何時になるでしょうかね。これから日本にいる山下さんから毎日50年!!にレポートして下さい。宛先は50年!!にして下さい。バーチャル座談会も盛り上がるでしょう。お願いします。

井川:ところで、昨夜の東京パラ開幕式は、日本らしくクソマジメで地味で、イマイチ面白さに欠けた退屈な3時間でしたが、とにかく無事にオープンできて、それだけはよかったと喜んでおります。東京のコロナ感染者もやっと減少の兆しが見え始めましたね。先がたのしみです。では、お元気で! また逢う日まで!

山下:和田さん 皆さん 山下リオ@日本です。パラリンピック25日
水泳から始まった。男子バタフライ(知的)100m決勝でブラジルのバンディエラが金、日本の山口わずかに及ばす4位、惜しかった。もう少しで日伯両国旗同時掲揚。
特筆すべきは、男子背泳ぎ100m(S2)決勝でブラジルのドス・サントス・アラウージョが銀。続いて行われた女子背泳ぎ(S2)100m決勝で14歳の山田美幸が銀、身体のことに触れてはいけないのかもしれないが、この二人の共通点は両腕がない。背泳ぎには腕力が必要の常識は覆され不可能を打ち破った。
自転車レーン競技も伊豆ベロ・ドロームで始まった。片足のスピード競技の選手がいる。バランスのトレーニングは大変だったろう。 視力障碍の選手が、2人乗り自転車で、前にガイド役を載せて走るハイスピード競技もある。ベロ・ドロームはリオでもみたが、日本は一年開催を延期したのにレーンがきれいで完璧なのにちょっと驚ろく、リオでは開催一年後はボロボロになり大会後の選手育成にあまり役立たなかった。卓球も始まった。11種類も障害カテゴリーがあるとのことだ。
車椅子ラグビー予選も始まった。日本対フランス。この競技のすごさは本当にタックルのように車椅子でドカンとぶつかるのだ。ゴムタイヤには空気が入っていてパンクもする。1分以上試合は止められないので、カーレースのようにメカニック・スタッフがいてタイヤ全体を1分以内に交換する。

和田:山下さん パラリンピック25日レポート有難う。私の所では、JIJIドットのメダル数だけを追っ掛けてBLOGに掲載します。山下さんには、パラリンピック開催中の日々の出来事をレポート頂ければバーチャル座談会が盛り上がりそうです。宜しくお願いします。
ブラジル頑張っていますね。25日だけでの結果ですが、金1、銀1、銅2の合計4個のメダルで総合7位に付けています。日伯の旗が表彰台に上がることを期待しています。ラ米では、チリが9位、メキシコが22位で健闘しています。日本の15位、アメリカの13位は、これからなのでしょうね。では速報宜しくお願いします。

丸木で~す 競泳女子・山田が銀 100背泳ぎ、パラ日本勢メダル1号 メダル第一号は競泳でした。腕のない選手が頭でゴールするには感動しました。脚も太ももから下がないのにキックに強さには驚きました。日本選手団の最年少の14歳ですから将来も連勝するでしょう。

山下:パラリンピック26日 和田さん 皆さん 山下リオ@日本です。 今日は、水泳男子100m自由形(S4)で鈴木孝幸が金、男子400m自由型(S11)富田宇宙が銀、ブラジルは男子100m自由型(S5)で銅、混合4x50フリーリレーで銅、車いすフェンシングで銀などを獲得しましたが、日伯同時国旗掲揚はありませんでした。
パラリンピックの知識ですが、水泳のランクはS(自由形、背泳、バタフライ)、SB(平泳ぎ)、SM(個人メドレー)と泳法で区分し、障害度で、S1からS10と、視覚障害がS11から S13、聴覚障害S14、知的障害S15、その他S21と多く、さらに男子、女子、距離別に148の決勝が行われます。
なるべく多くの参加選手にメダル・チャンスを提供するのが目的らしい。したがって一人で何個もメダルを獲得する選手も多いことになります。毎回新技術泳法などの採用で世界記録(WR)を続出しています。
スポーツ用義足について知識を仕入れました。通常の義足と異なり、カーボン製の板バネの使用が許可され、競技のみで使用し、普段の歩行用義足とは別のものです。

和田: 山下さん26日のパラリンピック結果レポート有難う。当地は、時差の関係で1日遅れで現地新聞にも出ますが、山下さんの速報と知らないパラリンピックの情報有難いです。1日遅れの現地紙のメダル数と時事ドットの各国メダル獲得数を掲載して置きます。
8月26日の20時52分の時事ドットによると中国がTOPに躍り出て来てますね。伝統のあるイギリスが2位に上がって来ています。アメリカも7位に上昇、現在12位の日本の前進に期待しております。以外に頑張っているのは、ブラジルですね。金1、銀3、銅4で合計8個のメダルを獲得、総合10位で、12位の日本より上になっています。ラ米ではチリとコロンビアが金1個づつで15位に付けています。メキシコとヴェネズエラが銅一個づつで33位に付けています。丸木さんのカナダは、銀2に銅2で23位です。

丸木:パラ競泳鈴木、100自で金メダル 富田は400自で銀 オリンピックでは日本の水泳チームは惨敗でしたが、日本の初メダルに続き初の金メダルも水泳でした。パラ選手がんばれ!

山下:パラリンピック27日 和田さん 皆さん 山下リオ@日本です
やりました! 日伯国旗同時掲揚
男子5000m(T11)ブラジルのY.ジャクエスが金、日本の唐澤剣也が銀、和田伸也が銅。視覚障害でガイド役が一緒に走り、ガイドも表彰されます。
今日から陸上トラック競技が開始、上記以外に日本男子400m(T52)車いすで金と銅、柔道男子66kg級で銅を獲得。
ブラジルが女子走り幅跳び(T11)で金。男子100m(T47)で金と銅、水泳男子50m 自由形(S11)で金、男子200m自由形(S14)で銀、などを獲得しました。
パラリンピックの知識ですが、陸上のランクはT(トラック)、F(投てき)と区分し、視覚障害がT11から T14、知的障害T20、車椅子T30から T34、脳性まひ T35から T38、低身長T40から T41、下肢障害義足なしT42から T44、上肢障害T45から T47、その他下肢T48、その他上肢T49、重度障害T51から T57、下肢義足T61から T64、聴覚障害T70、さらに男子、女子別に167の決勝が行われます。
スピード競技用車いすレーサーは、チタンやカーボンファイバーも使った軽量の三輪で、選手は後輪をパットで叩くようにして摩擦力で回す、ハンドリムを掴まないのは手首を損傷しないため、トラックでは時速30km、マラソンの下りでは時速50-70㎞にもなる。

和田:山下さん パラリンピックに付いて色々勉強させて貰っています。これまで関心がなかった所為か知らなかった規則が色々あるのですね。競技の結果としてのメダル獲得数だけでも追い掛ける事にします。
先ずは、27日付の1日遅れの地元紙の昨日付けのメダル獲得数と写真です。
地元紙によるとダニエル ジアス選手(右から二人目)は、今回のメダルを加えて合計27個のメダルを獲得したそうです。
時事ドットの27日22時11分の各国のメダル獲得数です。
中国、英国、ロシア、豪州の順位は変わらず米国が5位に上がり、ブラジルが検討して6位に付けています。日本が13位、コロンビアが14位に付けラ米では、チリが26位、アルゼンチンが46位、ベネズエラと銅1個で並んでいます。
地元の日本がもう少し伸びて欲しいですね。
待望の日伯の国旗が表彰台に上がりましたね。ブラジルの国旗の両側に日章旗が上がっています。丸木さんが云われるように国歌は、金メダルのブラジルだけだったようですね。

丸木:丸木で~す 五千メートル競走で待望の日の丸とブラジル国旗が掲揚されましたね。演奏は君が代ではないのが残念ですが。。。陸上男子・唐沢剣也が銀、和田伸也が銅 視覚障害5000。 五千メートルはブラジル選手が金メダル、日本人選手が銀と銅。

山下:和田さん 皆さん 山下リオ@日本です。 5日目日本は、トライアスロン(PTS4)男子個人で宇田秀生が銀、トライアスロン男子個人(PTV1)で米岡聡が銅、卓球女子シングルス(C11)で伊藤槙起が銅、競泳男子150mメドレー(SM4)で鈴木孝幸が銅を取得。
ブラジルは陸上女子400m(T11)で銀、卓球女子シングルス(C1-2)で銅、柔道女子57kg級で銅、女子円盤投げ(F57)で銅、競泳混合4x100mフリーリレー(S14)で銅を取得。
今日から走り幅跳びが始まった。義足で8.62m跳ぶドイツのレーム選手が東京オリンピック出場を拒否されているが、健常者の記録は8.41mであるに対しパラリンピックの記録は8.95mである。バネの力を利用してサイボーグ化すると飛びすぎて砂場の外に落ちる事故が起きないかと視覚障害の選手の時などはらはらさせられる。
義足については昨年桜井悌司氏(日本見本市協会会長)に案内いただき介護用品見本市で見たのだが、最近の義足は毎秒100回の信号を送るセンサー付き内蔵油圧自動調整でどんなショックにも耐えられ普通に走れるのがあるというから、これが普及し使い始めたら健常者はまじめに練習するのが馬鹿らしくなるだろう。

和田:地元紙の1日遅れの28日紙は、土曜日と云うのにパリリンピック関係の記事は、少なくこれと云った記事、写真はなかったのですが、メダル数と国別順位は出ていました。地元ポルトアレグレ出身の女子水泳選手の銅メダリストの写真が一緒に付いていました。
8月28日の22時29分更新の時事ドットが最新の各国別メダル獲得数ですが、中国、英国、ロシア、米国、ウクライナ、豪州、アゼンバイシャンに次いでブラジルが8位にランクされています。金6、銀5、銅12、合計23のメダルは、上出来です。日本15位に次いでコロンビア16位、メキシコが19位、チリ35位、ベネズエラ46位に銅メダル1でアルゼンチンが55位に付けています。
山下さんのお陰で毎日パラリンピックを追えるのは、有り難いです。山下さん毎日大変でしょうが大会中は、お願いしたいと思います。宜しく。。。

山下: 和田さん 皆さん 山下リオ@日本です
6日目は、日本は競泳男子100m平泳ぎ(SB14)で山口尚秀が金で世界新記録。陸上男子1500m(T52)で佐藤友祈が金、上与那原寛和が銅、車いすラグビー混合で銅、柔道女子70kg級小川和紗が銅。
ブラジルは柔道女子70kgs級で金、パワーリフティング女子73kgs級で金、競泳男子200m自由形(S2)で金、競泳女子50m自由形(S13)で金、競泳女子100m平泳ぎ(SB14)で銅、ボート男子シングルスカル(PR1)で銅、柔道女子70kgs級で銅。
パラリンピックの選手の写真を興味本位にSNSにUPすると訴訟になる例もあるようで選手の写真は控えているが金メダルがこれほど連発しては対応できない。
ゴールボールの最終予選でブラジルと日本が対決、結果8対3でブラジルが勝利。完全に目隠しで鈴の入ったボールをゴールに投げ入れる球技。
今日は馬術競技が始まった。背筋が通って凛々しく障害選手に見えないのと競技場の世田谷馬事公苑の美しいのに感心する。

和田: 山下さん 毎日ご苦労さんです。日本では、パラリンピックには、皆さん興味が少ないようですね。山下さんの協力でバーチャル座談会も細々と続けています。何とかその10迄は行きそうです。
救いは、ブラジルの頑張りです。金10、銀5、銅15、合計30のメダルを獲得総合6位は、あっぱれですね。リオオリンピック後の支援の結果が出て来ているのでしょう。それにしても中国のメダル数は、杉井さんが予想していた以上の独走ですね。英国、米国も追いつけないでしょう。
矢張り気になるのは、ラ米諸国の動向ですね。ブラジルに次いでコロンビアが20位、メキシコが25位、チリ38位、ベネズエラが53位アルゼンチンが、銅メダル2個で60位に付けています。ボリビア、パラグアイ、ウルグアイ等が出てこないですかね。楽しみです。
時事ドットの順位表29日23時08分更新版を下記して置きます。

山下:東海林さん、和田さん、皆さん 東海林さん、8/26メール今見ました。返事が遅れてすみません。
進んでいるのでiWatchで刻々着信を見ているのですが、Yahooが発信の中に返信を自動挿入するので、最初の2,3行が数秒で消えてしまい見落としていました。パラリンレポートはブラジルへは情報があまりないので和田御大に頼まれてリオの時もbatepapoでやっていました。スポーツそのものの解説は苦手なのでプロにお願いするとして、パラリンの状況のみをレポートしています。
和田さん、二人で議論しますか。中国がメダル取得ダントツ1位なのは実に不思議ですね。パラリンピック選手の養成には多額の費用が掛かると思うのですが、中国にもスポンサーがいるのでしょうか、国家宣伝になるのでしょうか。
日本でパラリンピックをテレビで実況している局はオリンピックに比べて少ないですね。スポーツ大会であるのか、慈善事業であるのか、国際商売であるのか疑問点もありますね。
障害者がスポーツをするのが可哀そうで見るに忍びないという人もいます。だが参加選手たちは、気にするどころか、むしろ誇らしげで皆にこにこしている。メダルをもらうと大喜びしています。
もともとスポーツ選手で事故で障害者になって人生を悲観していた人がパラリンピックを知って猛烈な努力をして復帰したケースが多いようですし、生まれつきの障害者の場合で、過去のパラリンピックを見て、私にもできそうだと奮起してゼロから練習を始めたケースも多くあるようです。いずれも種々の人生の大苦難を越え卓越した強靭な精神力の保持者と思います。
だが金メダル取得者は、重症者の場合一人で達成できることではないですね。まず身の回りや移動旅行にピッタリ寄り添う家族か世話役が必要。競技のコーチは専門家がかかりきりになり、脳神経、筋肉、血液疲労などの専門医がつき、くじけないようにメンタルトレーナーも必要、装具が必要な場合は義肢装具士のような専門家と専門メーカー、試合中に不具合を調整する技術サポーター、コンピュータ分析をする場合にはセンサーの専門家、プログラマーとデータ分析の専門家も必要で実に多くの専門家がバックにいます。装具やトレーニング、二人で競技する場合は助手と国際試合の海外遠征など多額の出費が伴うので、強力なスポンサーが必要で、重傷者の金メダリストは殿様待遇の幸運児と思います。
パラリンピックに色々いう人もいますが、今回世界から参加選手が5500人とのこと、コーチやトレーナーなどに障害者選手のOBへ職場を提供し、その数倍の関係者が協力している。装具や車いすなどの世界的な技術改良にも貢献している。選手間の国際交流の平和の場にもなっている。テレビ視聴者へは逆に元気を与える役割とか良いことばかり協調されますね。参加できた人は良いが、予選にすら振り落とされた悲劇の人たちはどうなったでしょうかね。

和田: 山下さん このパラリンピックに思うとの8月26日の東海林さんの書き込みを探して見ましたが見つかりませんでした。丁度1万字に達しましたので8月30日、7日目からはその10に回すことにして終了させて貰います。

特集=日本政府支援事業◆サンパウロ日伯援護協会◆コロナ感染防止キャンペーン=徹底した感染対策を現場で実践=サンパウロ日伯援護協会に聞く=傘下施設と友好病院の対応 ニッケイ新聞WEB版より

田中アルナルド医師(提供写真)

 2020年3月にブラジル国内で発生した新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、ブラジル日系社会をはじめ、ブラジル社会にも広く影響を及ぼし医療・社会福祉サービスを提供しているサンパウロ日伯援護協会(援協、税田パウロ清七会長)の活動にも多大な負担を強いた。コロナ禍で厳しい状況に直面した援協では、徹底した予防対策により、日伯福祉援護協会傘下の各高齢者施設をはじめ、リベルダーデ医療センターおよび日伯友好病院等での感染拡大を防いでいる。一般向けの感染対策とコロナ禍で経験した事例などについて、前園マルセリーノ武弘事務局長と、同病院感染症専門医の田中アルナルド医師にそれぞれ話を聞いた。

◆リベルダーデ医療センター感染対策

 援協ではパンデミック以降、ブラジル政府およびサンパウロ州政府が推奨する感染予防対策を実施している。各施設内でのマスクの着用、消毒液の設置・使用といった基本的措置をはじめ、外部から来る一般の人々への体温検査を義務付けし、エレベーター乗降時の人数制限や待合室でのソーシャル・ディスタンスを徹底。PCR検査(有料)も、日伯友好病院とリベルダーデ医療センターで常時、受け付けている。
 また、リベルダーデ医療センター3階でのデイサービスセンター各種対面活動はすべて中止されている状況だが、料理教室等のオンライン発信イベントは随時、行われている。

◆傘下施設で直面した緊急事態

 前園事務局長によると、2020年に援協で開催した対面でのイベントは、3月8日と同15日にスザノ・イペランジアホームで行われた「ダリア祭り」だけだったという。「確か、(20年)3月10日過ぎ頃にパンデミックとなり、ダリア祭りはスザノ市のカレンダー行事となっているため、開催するか否かをスザノ市の保健局長に相談に行きました。
 その結果、当時は『まだ感染者もいない』との判断により、唯一開催することができました。ただ、コロナが心配で参加しない人には事前に購入していただいた会場までの往復バス代を返却することにし、例年より3割くらい参加者は減ったのですが、欠席者の多くの方々がそのバス代を援協に寄付して下さいました」と同事務局長は、それらの人々の厚意に感謝の気持ちを表す。
 一方、同時期にサントス厚生ホームの入居者の1人が、新型コロナで重症化した後に亡くなるという悲しい出来事が発生した。感染経路は入居者の家族からで、最初に家族がコロナで死亡した後、感染した入居者も相次いで亡くなったという。「本当にショックでした」と前園事務局長が語る通り、事態を重く見た援協ではただちに他の入居者の家族との面会を謝絶し、ホームの建物全体を消毒。
 施設入館の際には入口で消毒用マットを使用し、マスクの着用、検温を徹底させた。また、各施設の関連職員でも風邪の症状がある人には、2週間の自宅での隔離を実施するなどして、感染予防対策を行なった。
 しかし、パンデミック発生当初は消毒用アルコールやマスクも不足している状況で、各高齢者施設にはとりあえず布マスクで対応した。当初、入居者の多くは普段はあまり使用したことがないマスクの着用を嫌がる傾向にあり、説得するのにも苦労した。
 援協では、各施設への新たな入居希望者を断り、従来からの入居者の家族に対しても「一番安全なのは自宅に居ることでは」と希望者には一時的に自宅に戻ってもらうことも提案したが、コロナ禍の中で自宅に連れて帰る家族は1人もいなかったという。

◆その後は入居者や職員で一人の死者も出さず

 こうした対策が実を結び、他の施設の入居者でコロナの陽性反応者は若干名あったものの、コロナによる死亡者はその後、職員も含めて1人も出ていない。今年1月、2月には各施設の入居者と職員全員にワクチン接種を済ませたこともあり、コロナに感染しても重症化する人はほとんどいなくなった。
 そのほか、パンデミック当初はオンラインのみで行なっていた本部での役員会も、昨年終わり頃からオンラインと対面での併用開催で実施できるようになった。また、今年6月頃からサントス厚生ホームとイペランジアホームに限り、医師の判断を仰いだ上で少しずつ新たな入居希望者も受け入れるようになるまで事態は緩和されてきたという。

 前園事務局長は「最初の頃は入居者や職員の中でも『いつ、自分が感染するかもしれない』という恐怖心があり、今まで経験したことがない事態の中で何が正しいのかが分からない状況でした」とし、「そうした中で、各職員やスタッフの方々には本当によくやっていただいた」と、現時点までの感染対策の取り組みを振り返った。











◆特に徹底した日伯友好病院の感染対策
 270床の病床数を有する日伯友好病院でもリベルダーデ医療センター同様、政府機関の推奨に応じた感染予防対策を実施。病院内での医師や看護師などの医療スタッフのほか、職員にもアルコール消毒を徹底させており、特に食堂では食事やコーヒー休憩の際の人数制限を2人までとする措置を取っている。

 田中医師によると、パンデミック発生から今年8月現在までの約1年半の期間で、同病院へのコロナ患者入院総数は3723人。回復者数も3506人と多いが、死亡者数は196人となっている。ブラジル国内の感染第2波の影響でピークとなった今年3月9日には、一日に460人のコロナ感染者とコロナ感染疑いのある患者を受け入れたという。

 同病院ではパンデミック以降、感染症専門医をはじめ、肺炎専門医、内科やリハビリ担当医など10人ほどで構成される「コロナ対策専門チーム」を結成。また、UTI(ICU、集中治療室)にも5、6人の専門医が常時、交代で勤務しており、感染患者数の増減に合わせて対応している。その結果、今年8月13日現在で同病院に入院している患者数は21人まで減少し、UTIにはその半数の10人ほどの患者のみとなっている。

常時、受け付けているPCR検査(提供写真)

 同病院ではコロナ患者については、家族などの付き添いは一切禁止しており、それ以外の患者については付き添いこそ許されるものの、付き添いの交代は1回限りに制限しているという。さらに、医師が装着するマスクに関しては、コロナ患者に対しては「N95微粒子用マスク」を使用。それ以外は従来の手術用マスクを適用している。
 田中医師は、コロナ禍での良い意味での教訓として特に、消毒液の一般使用の習慣化を挙げる。「(2016年に)豚インフルエンザが流行した際、消毒液の使用が一般にも広がったようだが、その後、その意識も薄まりつつあった。昨年からの新型コロナウイルスの蔓延により、消毒液の使用がまた、一般にもかなり広がった。一番重要なのはコロナウイルスを他人にうつさないことで、そのためにはマスクの使用やワクチン接種とともに、必要以外に外出しないことが大切」と強調した。

◆軽視できないコロナの症状

 新型コロナウイルスについて田中医師は「個人的な見解」としつつも、「このウイルスは特に咳(せき)が激しくなったり、呼吸器系の症状が特徴だが、すぐに症状がおさまっても再発することが多く、決して症状を軽く見ないほうがいい」と呼びかける。
 ブラジル国内では現在、ガンマ株(ブラジル株)の発症者が多数を占め、インド由来のデルタ株の症状も少しずつ増加している。隣国ペルー由来の「ラムダ株」について田中医師は「まだ、政府発表の注意報には示されていない」状況だというが、いつコロナ禍が収束するかは未だ分からないのが現状だ。そうした中、一般家庭で各個人ができる感染対策として、帰宅時の「うがい」や「手洗い」、消毒液による洗浄など基本的な自己防衛措置が重要視されている。

内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室特設サイト(https://corona.go.jp/proposal/)より転載

特集=在サンパウロ総領事館=黛まどかさん俳句講演会開催=作句の極意に300人超聞き入る=現代こそ「足るを知る」精神を ニッケイ新聞WEB版より

上段左から黛さん、司会の椎野レジーナさん、下段がナカエマさん

 「ワクチンや薬のように直接的な効果はないかもしれませんが、人々の心を潤し、生きる力を与えてくれます。私は俳人の一人として俳句の力、言葉の力を信じています」――現代俳人のひとり、黛まどかさんは俳句型や精神について説明したあと、そう力強く述べて締めくくった。在聖総領事館主催による俳句の講演会が7月27日、8月18日には参加者の投句のワークショップが行われた。同館によると1回目は339人、2回目は299人が視聴した。
 27日には黛さんによるポルトガル語字幕付きの講演「Haicai~その余白に漂うもの~」と、サンパウロ州立大学で日本の伝統詩文学を研究して博士号をとったナカエマ・オリヴィアさんによるポ語作句についてのポ語講演が行われた。俳句の成立ちや575の『型』、季語を用いる『有季』、言い切る『切れ』の基本ルールなどのほか、俳句の精神も説明した。

 黛さんは、17音で表現する世界最小の文学とされる俳句では「余白」が大事になってくると強調した。「生の思いや思想はものや風景に託し、とにかく引いて引いてそぎ落として表現します」と極意を説明した。
 黛さんは一例として、自身が感銘をうけた句として杉田久女の「花衣脱ぐやまつはる紐いろいろ」を挙げ、句から見える情景や「余白」について説明していった。
 一見すると夜に花見を終えて着物を脱ぎ、色とりどりの帯が広がる中に女性が佇むという艶やかな美しい情景が浮かんでくる句だが、黛さんは「嘆きの句」であると解説した。
 当時、久女は才能があっても活躍を認められていない状態だった。家庭内でも「女性が俳句をするなんて」と非難され、1冊の句集すら出すことなく亡くなる。その背景から、「紐いろいろ」は当時の女性を縛る様々な社会的な枷を喩えていると解釈した。
 「美しいものに託す事で心は浄化され昇華されます。久女の想いも一個人をつき抜けて、当時の普遍的な女性の心の叫びとして、私達読者に時代をこえて胸を打つものになっていると思います」と黛さんは説明した。
 さらに黛さんは、俳句の精神について「俳句は挨拶」と説明。俳句となる以前、連歌の発句だった頃は集った人やその場、季節に挨拶をするというのがルールにあり、それが引き継がれているという。また「俳句を詠む事で双方向の関係となり、命と命の交換が生まれます。自然と他者の命を尊び、自分の命と向き合う機会になります」と俳句に込められた精神性を説明した。

 このような自然を尊び、引き算を知り足るを知る、余白を察するという俳句の理念は「環境問題や紛争・人種差別などの諸問題への解決の糸口に成りえる」と黛さんは考えており、「日本には『足るを知る』という言葉があります。欲望からはさらなる欲望が生まれるだけで、決して充足感は生まない。これからは引き算が重要となってくる」と締めくくった。

ワークショップ=ポ語俳句に込められた想い探る=「平和が句の後ろに隠れている」

選考されたポルトガル語句の講評を行う様子

 8月18日のワークショップでは、1回目の講演会の後で参加者から募った「イペー」を季語とした日ポ両語の作句12句が選句され、講評が行われた。うち日本語では次の2句が選ばれた。
 一句は林とみよさんの「紀の里にイペー咲かせる願ひかな」が選句された。講評で黛さんは「下五の『かな』の切れによって作者の切なる想いが伝わってきます。日系人の想いの句ですね」としみじみと感じ入る様子で述べた。
 2句目は宮川信之さんの「空色に滲むことなき黄イッペー」が選ばれた。「『滲むことなき』の黄色の鮮やかさと、生命力、作者の方のブラジルへの敬意がよく現れていると感じました」と黛さんはコメントを寄せた。
 また、ポ語作句の中には一世の父を描いた「Livro em Japonês-Sob o ipê-amarelo o meu ditchan lê.(意訳:黄イッペーの下でジッチャンが日本語の本を読む)」という近藤アンドレさんの句が取り上げられた。
 近藤さんは「父はブラジルに長年住み愛しながらも、日本を決して忘れなかった。日本語で読書をする事で、心の中の日本をなぞっていたのだと思う」との作句の背景を説明し、イペーを桜の木になぞらえる幻の中で両国の春を過ごしているというイメージを込めているという。
 黛さんは「ジッチャンをそのまま日本語で使っているので、よりリアリティがあります。日系人の方でなければ無い発想ですね。二つの国が溶け合って抱きあっている、どちらの国も祖国であるという平和の心が句の後ろ側に隠されている様に思いました」と評した。
 全ての句評の後、黛さんは総評として「その花を実際知らない、地球の反対側にいる私にその花の素晴らしさをしっかり伝えている。それは正に皆さんの表現の素晴らしさです。詩情の素晴らしさです」と称えた。
 ポ語作句についての講演を担当したナカエマさんは「選句の12句以外にも美しい作品がありました。ブラジルの俳句は移民の方々がもたらしたものですが、ポルトガル語で詠まれる事も多い。今も250人が視聴しており、ブラジル人がどれだけ俳諧が好きか分ります」と頷いた。

特別寄稿=日本とセルビアの友好物語=独立、民主化の長い戦い経て=サンパウロ市在住・酒本恵三  ニッケイ新聞WEB版より

セルビアの位置(Милан Јелисавчић, via Wikimedia Commons)

 セルビア共和国はバルカン半島の中心に位置し、ヨーロッパとアジアを結ぶ交通の要衝地です。
 あまり馴染みの無い国かもしれませんが、東日本大震災で、いち早く支援のための行動を起こしてくれた国ということを知っていますか。
 セルビアは東欧の小さな国。社会主義国でありながらソ連と対立し、ソ連陣営に睨まれつつも西側諸国と何とか上手く外交関係を築いて苦難を乗り越えてきました。

 しかし、ソ連崩壊の前後から戦争の歴史が続きます。かつてユーゴスラビア連邦と呼ばれ、コソボ紛争でNATOの爆撃を受けた国と聞けば、思い出す人もいるのではないでしょうか。
 ソ連からの独立、社会主義陣営からの独立、民主化への道のり…。長い長い戦いを経て、今のセルビアという国が存在します。
 最近まで紛争に巻き込まれていたこの国では、失業率20%以上、平均月収が4万円。決して裕福とは言えない国です。しかし、そんなセルビアからの義援金は、震災後の7カ月後の集計で、世界第5位、ヨーロッパでは何と第1位の金額になっていました。
 共働きが当たり前で、2人に1人以上が仕事に就けない厳しい経済状況の中での日本に対する支援でした。なぜ、セルビアは日本のためにこれほどまでに寄付をしてくれたのでしょうか?

 理由は、セルビアの過去にありました。西暦2000年。コソボ紛争が終わり、NATOの爆撃でボロボロになったセルビアの首都ベオグラード。
 コソボの独立を武力で抑え込もうとしたセルビアにも責任の一端はあるとはいえ、近代化された軍隊の組織的な爆撃を受ければ首都機能など簡単に壊滅してしまいます。
 国際的にもコソボのアルバニア人を虐殺したとして非難の目にさらされていたセルビアを真っ先に支援したのは日本でした。紛争における敗北で政権が交代し、本格的に民主化を進めていこうという雰囲気が出来ていたというのもありましたが、そこには日本の存在感をアピールしたいという狙いもありました。
 とはいえ、セルビアにとっては渡り舟。紛争からの復興、民主化への積極的な取り組みに際して、日本の医療提供、教育支援、公共交通機関への支援は、セルビア人にとって強い記憶に残りました。
 普段の生活に欠かせないバスも、その一つ。今でも、日の丸を付けた100台近いバスが、セルビアの街を走り、支援で建てられた学校や病院で多くの人が救われています。


首都ベオグラード(The original uploader was Bobik at Serbian Wikipedia., via Wikimedia Commons)

 さらに驚くべき事に、一世紀近く前の第一次大戦時のことです。ヨーロッパの火薬庫の中心にあり、世界大戦の原因にもなったセルビアは大戦で大きな被害を被りました。その際にも、日本からの支援があり、その痕跡が首都ベオグラードの大使館に残っているのです。
 こうした支援の積み重ねが人々の記憶に残り、震災時の大きな支援に発展していきました。この写真は東日本大震災の時に撮影されたもの。セルビアの首都ベオグラードにある共和国広場に数百人の人が集まって書いた「赤と白」日本の国旗の人絵文字。日本を支援とする「しるし」とともに、沢山の応援メッセージが寄せられました。

 「日本がセルビアにしてきてくれたこと、その全てに感謝します。君たちは見返りを求めずに、いつもいつもセルビアを助けてくれた」
 「セルビア人として言わせてください。あなた達は、今まで沢山の事を私たちにしてくれました。だからこれは、わずかばかりの恩返し。がんばってください!」
 「地震の被害に遭った日本のことを思うと悲しくて仕方が無い。皆で協力して日本を支えていこう」
 「日本は、私の母校を修復してくれた国。しかも自分の誕生日に大好きな日本で地震が起こったから本当に辛かった」
 「日本って実は、コソボの独立を認めてくれた国なんだよね。クロアチアも、セルビアも、ボスニアも、マケドニアも…。俺たちは全員で日本をサポートしていくつもりだ」
 「いついかなる時でも、ぼくらは日本のそばにいるからね」


セルビアの大洪水に日本から寄付続々

東京の駐日セルビア大使館の国旗と国章(Senkaku Islands)

 2014年5月16日、セルビアで100年に一度の集中豪雨による大洪水が発生し、全人口の4分の1が暮らす地域と農地の大部分が水没しました。セルビア被害はGDPの約7%に相当する20億ユーロ(約2700億円)にも上ったのです。
 「日本人として、人として、受けた恩は返したい」いまこそ、自分に出来る形で行動を起こそうと、セルビアへの支援の輪が日本内のネットで広がりました。続々と寄せられた日本からの “ 恩返し ”に、ネナド∙グリシッチ駐日大使は「これほどの日本からのサポートに驚いている」と感謝を示しました。
 大使館によると、若い世代を中心に連日約50人が直接寄付に訪れたそうです。現金書留、口座振込での寄付も多く、添えられたメッセージには、震災直後の支援に感謝する言葉が多く寄せられました。
 マスコミもセルビア大洪水のニュースを伝えてはいましたが、インターネットがなければここまで支援の輪が広がりませんでした。
 インターネットやSNSが、人々の善意や「借りた恩は返す」という義理人情を広める「武器」にもなったのでした。セルビア人は日本の勤勉さや技術力を高く評価していて日本が大好きです。
 武道をやる人が多く、作家の村上春樹さんの人気も高い、親日国です。約130年前の旧王国時代に新国王就任を伝える国書を明治天皇と取り交わすなど、歴史的にもつながりがあります。
 グリシッチ大使は、貧しい国でありながら多額の寄付が寄せられたことについてこう話します。「セルビア人は熱情的なため、日本の震災の状況を見てショックを受けた。それだけに貧しくてもできるだけ支援しょうとまで思ったのだろう。これからも困ったときに手を差し伸べあえる関係でいたい」

 セルビアへの感謝を忘れずに、ぜひ「困ったときに手を差し伸べ合える関係」。そうでありたいと思います。(インターネットより)

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