ブラジル駐在経験者のリレーエッセイ≪ 連載89:マナウス自由港(ZONA FRANCA MANAUS-ZFM≫ 山岸 照明

連載89:マナウス自由港(ZONA FRANCA MANAUS-ZFM

執筆者:山岸 照明 氏YamagishiConsultoria Ltda. 社主、元アマゾナス日系商工会議所会頭)

 
昨年、2017年2月 マナウス自由港(以下ZFM)は 50周年を迎えました。半世紀の間に色々なことが起こりました。苦しい時代でしたが、又快進撃の時代でもありました。

昨年10月27に付け マナウスのJORNALDO AMAZONAS 紙によると、「最近の英国の経済紙 FINANCIALTIMES 紙は “ラテンアメリカで最も近代的且つ安定性のあるマナウス自由港への投資を推奨する”との記事を掲載しています。

ゴム時代の終焉、日本移民の齎したジュート産業、そして、第二次世界大戦、約45,25%を占める北部 アマゾン地方の維持に政府は苦心しました。1945年12月、憲法再生法案議会へアマゾナスより議員を送り出し、1946年9月18日の憲法第199号の改正案を提出致しました。内容は、“アマゾナス経済活性化の為、少なくとも20年間に渉り年間歳入の最低3%を宛てる”という案でした。

更に、1946年10月には、第33案 として国家アマゾニア庁を創設し、全ての開発経済プロジェクトを纏めて追行すべく アマゾニア経済開発局の設立を提案しました。此の改正案は6年間の議論の末1953年1月6日 法令第1806号として可決されました。そして 連邦憲法 第199号は発令され、AMAZONIA経済開発監督局(SUPERINTENDENCIADO PLANO VALORISAÇÃO ECONOMICA DA AMAZONIA-SPVA) が設立、発足しました。


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マナウス港

しかし、SPVAの活動は余り活発とは言えず、西部アマゾンの開発に当たり、当時のジェットリオ・ヷルガス大統領の計画による、アマゾンの天然資源の調査、研究を目的とした国立アマゾナス研究所をマナウスに国家調査研究所の下部組織として設立、マナウス電力会社の発電所のプロジェクトに携わりました。そして1957年6月6日付け法令法令,3,173号にてマナウス自由港が発足、免税で輸入品を輸入、在庫し、マナウス市内での販売、そして、域外への出荷に応じ、課税する制度を施行しました。又、マナウスの電力は前世紀 イギリスの技術で作られた発電所は老朽化し、電力事情は危機に見舞われ、漸く1962年7,500KVAの火力発電所が完成しています、

ブラジルは折からの政経状況の混乱より1964年軍部のクーデターが起こり、軍政権が発足しました。軍政府.初代大統領のカステロ・ブランコ大統領はセアラ州の出身で第二次世界大戦ではイタリア戦線に従軍し戦果を上げ、アマゾニアの総司令も体験した軍人でした。この様な軍事経験より、アマゾナスの経済状況、また過疎化の進む状況に大変苦慮し、マナウス自由港の設立に努力を払われました。そして、当時カステロ政府の企画大臣を勤められたロベルト・カンポス大臣の手により、マナウス自由港への実現に取り組みました。
私は、何時も 「何故 マナウスが自由港に指定されたのですか ?」という質問に対し、軍政府より、アマゾンの防衛、国家の財政難より輸入代替品の供給、そして 後進地域のアマゾンの開発の為、軍政府が制定したのです。と答えて来ました。
今回本稿を記すため、当時の記録を調べたところ、決して簡単では無かったことが分かって来ました。先ず、政府がアマゾンの活性化を図る方針を決めた理由は、上記の三項目は勿論のこと、当時、ぺルーが、ペルーアマゾンの イキトス市に自由港を設定するプロジェクトを感知し、アマゾン経済の主導権を取られることを避けるために どうしても マナウスの上記1957年発令マナウス自由港制度の活性化を図ることが必須の課題でした。又、コロンビアもブラジルとの国境付近のレテイッシア市に自由港を建設する計画の情報も入って来て、ブラジル、国境警備も当然のことながら、アマゾン地帯の経済圏を他国に牛耳られるリスクは軍部としては、何としても防がねばならぬ問題であったと推察できます。

しかし当時,企画省では ロベルト・カンポス大臣を中心に ガナバラ自由(ZONAFRANCA DA GUANARABA)の研究が進んでいました。首都のブラジリアへの移転(19561月)後 のRIO 市を自由港にしようという訳です。そこで、世界中の自由港、又、経済特区の制度、香港、シンガポール、アメリカのニューヨーク、ニューオリンズ、等々を虱潰しに調べました。.しかし、結局、カステロ・ブランコ大統領の意思のためか、{ZFRIO} は実現できず、調査の資料は全て ZFマナウスの設立に使われた様です。  (注)出所ROBERTOCAMPOS A LANTERNA NA POPA MEMORIA 2 より 転載)


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進出企業の工場風景

そして、いよいよ カステロ大統領 が動きます。1966126日カステロ・ブランコ大統領はマナウス市のアマゾナス劇場にて「第一回アマゾニア開発に対する恩典供与案」(REUNIÃODE INCENTIVO AO DESEMVOLVIMENTO DA AMAZONIA- I RIDA)の会議が、特別地方組織省のーアマゾニア オペレーションの一環として開催されました。出席者は、国家工業連盟、国家農業連盟を中心とした組織の幹部です。
翌日 明け方のベレン行き、ブラジルロイド汽船会社のROSADE FONCECA 丸に全員乗船し、会議はベレン到着迄、4日間に亘り行われました。各関係大臣、ブラジル北部各州知事、企業家、プロジェクト専門技師、財政投資家、有力報道機関、そして外資系企業代表者、等々429名が参加しました。会議は、丸三日間行われ、アマゾニアの発展の為、重大なる三項目、すなわち、住民社会の発展、経済の独立、国家統合等に関し徹底的な討議が行われました。
ROSA DE FONCECA
丸は1211日にベレン港に到着し、会議は終了しました。そして、その結果を纏めた「アマゾン宣言」(DECLARAÇÃODA AMAZONIA)が同日付では発表されました。
アマゾン宣言は「今回の会議で決議された優遇政策を忌憚無く実行に移し、連邦政府、並びにアマゾニア(アマゾナス州のみならず、ブラジルアマゾンの全ての州)の全ての州政府は一致団結しアマゾニアの社会発展、そして国家への統合を目指し全ての便宜供与に努力を惜しまない」という趣旨でした。何れにせよ、アマゾン地域開発にあたり、全ての関係者を4日間、世間より隔離し、真剣に討議された会議は、この後にも先にも唯一の会議でありました。現在のZFMは 軍事政権のお陰と思われます。
その結果、マナウス自由港の制度は1967228日 大統領令第288号により誕生を迎えました。発表された税制恩典は、
1-輸入税(連邦税)の免税、
2、工業製品税(連邦税)の免税、
3、商品流通税(州税)の還付、4.法人所得税(連邦税10年間100%免除(現在は75%)免除。期間は30年(1997年まで)と規定されましたが、後年何度も延長され現在は、2075年と定められています。
これらの税制恩典は前述 の監督局―SPVAに変わり設立された、SUPERINTENDENCIADA ZONA FURANCA DE MANAUS-SUFRAMA(マナウス自由港監督局)が設立され、各企業は3年間の事業計画をSUFRAMAへ提出し認可を受ければ恩典が供与されます。地方税の商品流通税(ICMS)の恩典は州企画局(SECRETARIADE ESTADO DE PLANEJAMENTO E DESENVOLVIMENTO ECONOMICO-SEPLAM)SUFRAMAへの申請と同様3年間の事業計画を提出し、認可を取得、規定に従い製品により還付率が決められます。法人所得税の控除は北伯開発局(SUPERINDENDENSIADE DESENVOLVIMENTO AMZONIA-SUDAM)同様の申請を出し、認可を受ける事が出来ます。
こうして、ZFMが 発足すると、税制恩典を目的に企業の進出が始まります。
第一号は アマゾン原産の砂金を原料にした貴金属メーカーでした。そして直後の1970年にはPANASONIC,71SHARP,同年GENTEC(GENERAL,JITU),73年 SANYO,同年PHILIPSそして 75年には HONDAがオートバイの生産を開始しました。この様にZFM発足一年目に約 50社が進出しています。
そして、50年の歳月が経ちました。ブラジルの政治状況、マクロの経済状況業績は、多くの山、坂を乗り越えながら現在に至っていますが、説明するまでも無く南米の地方開発プロジェクトとしては、突出した成功例として評価されています。
発足当時人口20万人足らずの過疎化の進む町は、現在250万人の都市に成長しました。2013年にはZFMの売上げが 410万億ドルに達し、記録を更新しました。
その後、伯経済の不景気で2017年は半減していますが、工業団地では約500社の工場が稼動し、生産能力は確保されていますので、ブラジルの景気が回復すれば、必ず業績は好転します。現に今年は 既にマクロ経済に好転の兆しが見え始めて来ました。金利の引き下げ、インフレの低下、労働法の改正等、ブラジルの近代化を目指した政策が施行され始めています。

前記の通り、ZFMの制度は2073年迄有効です。将来への課題はロジスチックの問題を含めインフラ整備、の必要は枚挙の暇もありません。そのうえに、将来の人材の育成が必須課題です。州政府は一応教育問題の改善を計っていますが、2012年の実態調査の記録が発表されています。
ZFM 開設以前
2012
総合大学、単科大学
19
修士、博士課程
73
研究、調査機関
州立学校
中,高校
208
保険所―病院を含む
464
GDP一人当たりアマゾナス州
14,620(R$)

以上の様な状況ですが、最初は専門職は全て先進他州より導入していましたが、漸くアマゾナス州出身の専門管理職が 工業団地で活躍し始めています。一方単純な一般直接工は、最初は 時間の観念を教えるのに 各社とも苦労されましたが、最近は 経験を積んだベテラン工も現れ、一般的に手作業の能率は非常に良好です。
上記資料で、まずは一生懸命やってることは推察いただけるものと思いますが、近年のような国の政治、経済の問題に対しての対策も新しい意欲が感じられます。

国内市場を目的とした工業団地の製品市場は輸出よりも国内市場、マナウスの市場はまだまだ小さく、アマゾナス州独自の経済基盤を開発する必要が生じます。そこで、ZFMの誕生以来、忘れられていた天然資源の開発が出来れば、財政的な問題は解消します。アマゾナス州は熱帯雨林保護、世界の気象現象を守るため、環境の保全を厳しく管理している為、豊富な天然資源は殆ど手が付けられていません。しかし、近年環境保全の新技術の発展等、資源開発の道が開かれようとしております。私共は、ゴム時代の様に、世界中がアマゾンの天然資源を必ず求める時代が来ると信じております。現に最近、中国による調査が増えているようです。
そういう観点よりも、日本の皆様のアマゾナスにおけるインフラ整備、環境保全事業、天然資源の開発等に目を向けていただきたいと願っております。長く成りましたが、5回にわたりアマゾナス州の歴史をのべてまいりました。しかしほんの一部しか、お伝え出来なく残念に思っております。私自身は、もう少し掘り下げ、例えば、例の縄文文化とアマゾンの関係等勉強したいと考えております。Para州サンタレン市の遺跡から出る土器はどこから見ても縄文土器なのです。
そして、どんなに苦しい状況でもジョークで笑い飛ばす ブラジル人の国民性は 私には未だに理解できないことが多々あります。結果として、非常に困難な状況を笑って乗り越える「術」を会得したいと願っております。