《記者コラム》ブラジル大手紙「中国はすでに世界一の経済」は本当か? ニッケイ新聞WEB版より

有名エコノミストセルソ・ミンギ氏の10月16日付エスタード紙のコラム

 有名エコノミストのセルソ・ミンギ氏は10月16日付エスタード紙のコラムの見出しに《中国はすでに世界一の経済》と書いた。
 その本文冒頭にも《重要な経済指標の一つによれば、米国はすでに世界一ではない。中国はすでに国内総生産(GDP、ポ語はPIB)で凌駕した。最大であることは、大きな影響力と権力を持つ。この新しい事実(fato novo)による地政学的な衝撃が想像できるだろう》と、「新しい統計数字」が出てきたかのようにも読める、思わせぶりな書き方をしている。

 高名なエコノミストがこう書いているのを見て、まるで「中国のGDPが米国をついに抜いた」かと思った人も多かったようだ。
 だがメディアリテラシーの視点から冷静に考えて、ブラジル経済が冷え切っていたここ数年、エスタード紙で毎日4~6ページも気前よく全面広告を打ってきたのは中国車販売店(韓国車も)だけだ。
 今年2月に同紙に1ページ全面広告の値段を聞いたら14万レアル(約261万円)との返事だった。仮にそれを4頁ずつ365日出したら、2億440万レアル(38億円)にもなる。これだけの広告費を貰っていて、記事にまったく影響を与えないことは想像もできない。
 もちろん、年間契約をして割安にしているだろう。それでも、新聞社にとっては「大広告主」に違いあるまい。同じく主要テレビ局でも同中国車販売店のCMを見ない日はない。
 中国への輸出に依存しきっている農業界、鉱業界はもちろん、中国資本に頼り切っているメディアも含めて、ブラジル産業界のあらゆる分野で、中国勢の資金力を当てにしている人たちが増えていることは、火を見るまでもなく明らかだ。
 これは「親中派」というよりは、おそらく中国の資金に頼り切っている「依中派」(中国依存派)というブラジル的なプラブマティズム(現実主義)の結果だろう。
 地方統一選の選挙運動がたけなわになった今月に入って、コロナワクチンの関係で中国製に否定的な判断を下しがちなボルソナロ大統領と、ドリア・サンパウロ州知事のさや当てがメディアを賑わしている。そのような対立を背景に、ミンギ氏は依中派の面目躍如としてこの数字を持ち出したのかもしれない。

 だが、これは別に「新しい事実」ではない。ミンギ氏が《重要な経済指標の一つ》と指摘しているのは、その本文できちんと説明されている通り、「購買力平価」(purchasing power parity=PPP)のGDPのことだ。これは、通常使われる各国の名目GDPを対ドルレートで換算したGDPとは、まったくのベツモノだが、これはこれで確かに非常に興味深い数字だ。
 とはいえ、2014年10月18日付日経新聞電子版《中国GDP、2024年に米国抜く》(https://www.nikkei.com/article/DGKDASGM15H21_Y4A011C1NNE000/)とか、2018年9月26日付ブルームバーグ電子版《中国、2030年までに米国抜き世界一の経済大国に-HSBC予測》(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-09-26/PFMYR76S972E01)にあるとおり、このまま行けば今後10年以内には通常のGDP計算でもそうなることは皆が予測している。だから、米中貿易戦争が起きているのだろう。

「購買力平価GDP」という興味深い指標

【表1】PwCが発表した「2050年の世界:長期的展望レポート」。国内総生産順リスト (購買力平価)

 ここで「購買力平価GDP」という数字が表示する未来について、深掘りしてみたい。
 PwCが2017年2月に発表した「2050年の世界:長期的展望レポート」(https://www.pwc.com/gx/en/world-2050/assets/pwc-the-world-in-2050-full-report-feb-2017.pdf)によれば、購買力平価GDP(表1)は2016年現在ですでに1位中国、2位米国、3位インド、4位日本となっている。
 実はこの購買力平価GDPでは、2014年から中国がトップになっている。ミンギ氏が「新しい事実」であるかのように言うのは、今さらだ。
 このGDP計算では、中国が日本を追い抜いて2位になったのは1999年、インドが日本を追い抜いて3位になったのは2008年だ。以来、日本はずっと4位にいる。ちなみに、2020年のブラジルは8位だ。
 ただし、この「購買力平価GDP」というのがクセモノで、通常使われる「国内総生産」とは別物だ。通常のモノは、各国の名目GDPを対ドルレートで換算したもので、2017年現在で1位米国、2位中国、3位日本、4位ドイツとなっている。
 だがミンギ氏が着目したとおり、「購買力平価GDP」というのは非常に興味深い数字だ。(一財)国際貿易投資研究所のITIコラム《http://www.iti.or.jp/column031.htm》によれば、購買力平価GDPは、各国の物価水準の違いを考慮した数字になっている。
 いわく《各国の対ドルレートの代わりに、購買力平価でもってドル換算したものが購買力平価GDPである。購買力平価は自国と相手国で取引されている様々な商品の交換比率を表している。例えば、日本で売られるハンバーガーが1個80円で米国が1ドルであれば、一物一価の法則(1つの物には1つの値段しか成立しない)の基では、両国でハンバーガーを取引する場合の交換比率(購買力平価)は1ドル=80円ということになる》という考え方だ。
 これを為替の方から考えると、今年の1月から5月までに40%もレアルの対ドル為替が下落したように、政治的・社会的事件などの要因で突然大変動が起きると、生活実感はそのままに、ドル換算したGDPの数字だけが変わってしまう。
 だが購買力平価で考えれば、身近な商品の価格が基準となるため、生活実感に近い値が出てくる。よく新聞に出てくる「ビックマック指数」(BMI)はその考え方に基づいたものだ。
 そこから、《たとえば2017年1月時点では日本のビックマックの価格は380円、米国では5・06ドル。ビックマック指数(BMI)はマイナス35・63%となります。
 そして「同じ商品は、世界中で同じ価格となる」一物一価の法則から見ると、380円÷5・06ドル(およそ590円)の、1ドル=およそ75円が、米ドル円の適正為替レートであると考えられます。
 同月の月間平均為替ドル円レートは114・79円。ビックマック指数で導かれた適正為替レートから見ると、約40円という大幅な円安水準を示しています。
 そのため、中長期的な為替レートの変動を予測するとき、ビックマック指数から導かれた適正為替レートと、実際に市場で取引きされている実勢為替レートの差を見比べて、「今の市場は円安に行き過ぎているため、長期的には円高傾向に向かう可能性が高い」という、ひとつの仮説を立てることができるのです》(https://fstandard.co.jp/column/asset-management/1297)という使われ方をする。
 ただし、この考え方には限界がある。購買力平価説の前提となる「一物一価の法則」は、貿易障壁のない、完全な自由競争市場が成立していることが条件となるため、現在のように貿易保護主義的な風潮が強くなり、ブロック経済圏があちこちに広まると、適用できない。
 まして、中国のように社会主義市場経済の場合、どこまで統計数値を信用できるのかという根本的な問題がある。

2050年の日本はどうなっているか?

 中国のことは置いておいて、「購買力平価GDP」を使ってブラジルと日本を比較してみるのも面白い。
 というのも、PwCが発表した「購買力平価GDP」国別順位では、2050年時点でブラジルは5位、日本は8位という衝撃的な数字になっているからだ。
 3位の米国のすぐ下の4位にはインドネシア、ブラジルをはさんで、6位ロシア、7位メキシコが入っている。つまり、上位10位の中で新興国が過半数を占める状態になっている。

【表2】経団連が発表した2050年のGDP世界ランキング

 日本経団連も同じような数字【表2】2050年のGDP世界ランキング(http://www.keidanren.or.jp/21ppi/newsletter/pdf/interview_26_1.pdf)を発表している。
 これを見ても「楽観的なシナリオ」である基本シナリオ1、基本シナリオ2においても日本とブラジルは4位を競り合うほぼ互角状態。
 驚くことに「悲観的なシナリオ」だと、ブラジル4位、日本9位とだいぶ水をあけられる。
 なぜこんなに日本の経済が縮小すると予想されているかと言えば、人口減少が前提となっているからだ。
 同経団連レポートには《労働=人口については、日本は世界最速で少子高齢化が進行、総人口は2050年に1億人割れとなり、65歳以上が全体の38・8%となります。労働力人口は2152万人減少、4438万人となり、総人口以上にその減少のペースは速くなります》とまとめている。
 そのために経済成長率も下がると、以下のように予測する。《日本のGDP成長率についてみてみますと、生産性が回復しても少子高齢化の影響が大きく、どのシナリオでも2030年代以降の成長率はマイナスとなります。

日本の総人口の推移

 万が一財政破綻が生じれば、恒常的にマイナス成長の恐れがあります。GDPの実額を見てみますと、2050年には中国、米国、次いでインドが世界超大国の座に位置することとなります。日本のGDPは2010年規模を下回り、世界第4位(基本シナリオ1)も、中国・米国の1/6、インドの1/3以下の規模となり、存在感は
著しく低下します》。
 総務省の「我が国における総人口の長期的推移」(https://www.soumu.go.jp/main_content/000273900.pdf)によれば、日本の総人口のピークは15年前の2005年の1億2777万人で、そこから2050年までに3300万人も減少して、9515万人になるという。
 30年後の生産年齢は人口の51・8%(4930万人)しかおらず、高齢人口は39・6%(3764万人)にもなる。
 菅政権には、最優先課題として人口減少を食い止める政策を、打ち出してほしいものだ。

2050年のブラジルは高齢化社会の始まり

【表3】2050年までのブラジルの人口動態。2040年頃を境に減少期に入る

 一方、ブラジルはどうだろうか。
 鉱山動力省が2018年12月に発表した『Cenários Econômicos para o PNE 2050』(https://www.epe.gov.br/sites-pt/publicacoes-dados-abertos/publicacoes/PublicacoesArquivos/publicacao-227/topico-201/Cenários%20Econômicos.pdf)には【表3】の人口動態表があった。
 これによれば、2050年の総人口は2億2600万人と、2015年現在より10%程度多い程度だ。というのは2040年頃に人口のピーク2億2800万人を迎え、その後は減少期に入ると予想されるからだ。
 悲観的なシナリオの場合、構造改革が実行されず、だらだらと1・6%程度の経済成長率が続くというもの。
 楽観的なシナリオでは、大胆な構造改革が実行され、3%程度の経済成長が続くというもの。
 いずれにしても7%とか10%成長のようなバブル的なシナリオはまったく考えられていない。
 さらに、連邦議会の議会顧問および戦略討議研究センターが2017年に『ブラジル2050 老化する国家の戦い』(BRASIL 2050 DESAFIOS DE UMA NAÇÃO QUE ENVELHECE)(http://www2.camara.leg.br/a-camara/estruturaadm/altosestudos/pdf/brasil-2050-os-desafios-de-uma-nacao-que-envelhece/view)を発表している。
 それによれば、現在2400万人いる60歳以上の人口層が、2050年には6600万人に激増する。それに伴って負担が増加する年金制度、SUS(国民皆保険医療制度)をどう維持するかなどを中心として議論が深められている。

【表4】2015年、2050年、2100年時点における0~14歳、15歳~59歳、60歳以上、80歳以上の総人口における比率がグラフ化されている

 この議論を背景に昨年末、ボルソナロ政権の目玉政策として、社会保障改革PEC(憲法改正法案)が連邦議会で承認された。
 【表4】では、2015年の0~14歳、15歳~59歳、60歳以上、80歳以上の総人口における比率がグラフ化されている。2015年(左の棒)時点ではわずか1・5%だった80歳以上が、2050年(中央)には6・7%に増え、2100年には15・1%を迎えて高齢化社会になることを予測している。
 この報告書で、日本が65歳以上の層を労働市場に居続けてもらうことで、経済成長の助けにしようとしていることに触れ、いずれブラジルもそれを参考にする日が来ると見ている。現在でもブラジルは定年退職者の23%が仕事を続けている現状があり、未来のその層への就業支援・教育を考える必要があり、そのための法的な枠組みの整備を提言している。

30年後の日伯関係は?

 もちろん、世の中、予想通りに行かないことだらけだ。今年コロナ禍がおきると予想できた人がいただろうか。米中貿易戦争の成り行きも大きく左右するだろう。
 ブラジルは2022年に独立200周年を迎える「若い国」だ。だが、人口動態からすれば、いつまでも「若い国」ではない。「2050年の日本とブラジルの関係は、どうなっているだろうか?」「ブラジルの方が大きな経済力を持っているかも」――。
 おそらく日本にとって、ブラジルとの関係はますます重要になってくるのではないか。今世紀に入って、気がついたらアッという間に20年が経っていた。これから先の30年という年月は、長いようでいて、そんなに長くないかもしれない。(深)