私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

カテゴリ: 我が街ポルトアレグレ

冬のポルトアレグレの町で必ず一度は訪れたいグスターボ公園

3月24日にRS州でのコロナウイルスによる最初の犠牲者を出して以来昨日は、1日の犠牲者が記録更新の65名に登りコロナによる死亡者が1千人を超え1060人に達しているそうです。感染者総数4万933人、回復者が3万4382人を記録しているそうです。
厳しい管理にも関わらず感染者、死亡者が増えているなか、毎日人通りの少ない通りを1時間半前後歩いていますが、昨日は、普段の散歩道より外れ3千歩以上遠回りをして2時間以上かけて冬のポルトアレグレの町で必ず1度は、訪れたいグスターボ公園にもみじ、イチョウ、カエデ、咲き誇る寒緋桜を見て回りました。途中から右膝が痛いと言い出した恵子をタクシに載せようと思ったのですが頑として受け入れず急な下り坂をびっこを引きながら歩いて帰って来ました。昨日の歩きは、今月最高の1万6024歩でした。
秋の日本の公演を思い出させる紅葉のポルトアレグレのグスターボ公園で撮った写真を貼り付けて置きます。

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ポルトアレグレ市の五権広場?

ブラジリア始めブラジルの各都市に三権広場と云うのはありますが、五権広場と云うのは、珍しいのではないでしょうか?行政、立法、司法の三権の他にカーテドラル(大伽藍)宗教の要にテアトロ サンペードロと云う文化の殿堂が揃って五権広場になります。5月9日の午後、州知事公邸のピラチニ宮で冬物の衣類を集めるキャンペンの開所式があり会議所代表として参加しましたが、少し時間があったので五権広場?をぐるりと回りました。
写真を貼り付けて置きます。順番に行政のピラチニ宮(州知事公邸)、立法のフォロピリア宮(州議会議事堂)、司法のパラシオ ダ ジュスチーサ(高等裁判所)、カテドラルにテアトロ サンペードロです。

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ポルト・アレグレ=日本語モデル校、悲願の改修開始=「学校は日本文化と伝統の基礎」 ニッケイ新聞WEB版より

改修工事を行った学校の前で記念写真
 在ポルト・アレグレ領事事務所(近藤猛所長)と南日伯援護協会(谷口浩会長)は今月14日に、同日本語モデル校の改修に使う「草の根無償資金協力」の贈与契約署名式を行った。
 同校はポルト・アレグレ日本文化協会(管野妙子会長)が運営。校舎は1998年に市内の民家を購入し、有志たちがペンキ塗りや教室の床の張り替えを行なった。
 現在は2棟に分かれているが、改修工事で1棟に統合。新たに2階を作り、教室3つを設ける。教室は仕切りを動かせば、約80人収容可能な多目的講堂となる予定。
 署名式には木村元在クリチバ総領事も出席。同総領事はポルト・アレグレ総領事館(現領事事務所)に勤務していた06年に同校を頻繁に訪れ、「より使いやすい学校になれば」と草の根協力の利用を勧奨。様々な障害から一度は断念したが、昨年から申請準備を再開。地元日系社会にとって13年越しの悲願の贈与契約に至った。
 参加者たちは改修図面を囲みながら新講堂の使い道についてアイデアを出し合い、笑い声の絶えない署名式となった。
 これまで広さの問題により学校で開催できなかった日本語のお話発表会や映画会、講演会などの活用が期待される。
 谷口会長は「長い時間がかかったが、その価値がある。我々には日本文化を守っていく責任があり、そのための日本語学校の継続と発展に協力いただいた全ての方々に感謝する」と喜びと感謝の意を述べた。
 木村総領事も「私にとっても長年の夢がやっと叶う。日本語学校は日本文化と伝統の基礎。これまでの問題が改善し、文化協会だけでなく援護協会、婦人会なども新しい講堂でたくさん集まってほしい」と応えた。
 大澤秀子校長は「日本語学校はコロニアの皆さんの財産。ここまで来るのに本当に多くの人に関わっていただいた。完成したら授業はもちろん、日系、非日系に関わらず若者への日本文化の普及活動を充実させたい。日系コロニアの中心的な場所になってほしい」とコメントした。
 工事は数カ月かかる見込みで、その期間は同市のサクラダファミリア教会のサロンを借りて平常通り授業が行われる。(南日伯援護協会通信)

2014年のブラジルワールドカップ開催に合わせて計画された17の町の改良工事の一つが5年遅れで開通しました。

2014年のワールドカップの開催地としてポルトアレグレ市でも街の改良を目指して17の工事が始められましたが現在の所、開催に間に合わせた7ヵ所の工事以外に5年後の現在もまだ10工事がそのままか進行中です。
その内の一つクリストボン コロンボの地下トンネルが地元住民、企業の30万レアイスの拠金でこの程完成し3月19日(火)にトンネルの開通式が行われました。
何時も歩く散歩道の一つでありこの工事の為に住んでいるマルケーズ ド ポンバール街に車が迂回していましたが、少しは車の渋滞が緩和されるのではないかとよろこんでいます。まだ一部アクセスの脇道が出来上がっておらず完全完成までには、時間が掛かりそうです。予定より5年も遅れてのトンネル開通、ブラジルらしいですね。
関係新聞記事と私が撮った写真を下記に貼り付けて置きます。

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南伯援協の最も重要な活動 巡回診療を継続する森口一家 サンパウロ新聞WEB版より

イメージ 1巡回診療を続ける森口一家(2018年8月18日撮影)

祖父の細江氏から3代にわたって

 南日伯援護協会(南伯援協、谷口浩会長)の最も重要な活動が、リオ・グランデ・ド・スル州とサンタ・カタリーナ州の各移住地で行う巡回診療だ。現在診療を行っているのは森口秀幸医師(60、東京)で、祖父の細江静男医師(故人)、父親の森口幸雄医師(92、東京)から3代にわたりブラジルで巡回診療を行っている。
 巡回診療を始めた細江氏は、外務省の嘱託医としてブラジルに派遣。日系社会の医師不足を痛感した細江氏は、サンパウロ州を中心に地域を周る巡回診療を始めた。
 細江氏の三女・カオルさんと結婚した幸雄氏は、慶應義塾大学を卒業し、博士課程をミラノ大学で終えた。細江氏の誘いを受けたこと、当時の息子が受けていた日本教育に疑問を抱いたことで、幸雄氏は45歳で家族とともにブラジルへ移住。リオ・グランデ・ド・スル連邦大学医学部より医師としての資格付与を得て、当時の同市領事館の打診により巡回診療のボランティアを始めた。
 「1世はポ語を話せない人が多いので、1年に1回の診察を皆さん待ってるんですよね」目を細める幸雄氏は、「父親は歯医者をしていて、貧しい人からはお金を取らなかった。そんな親元で育ったので、人のためだと思ったら巡回診療は苦じゃなかった」とし、89歳まで診療を続けていたという。
 幸雄氏から巡回診療を受け継いだのが、息子の秀幸氏だ。10代の頃から父親の巡回診療に同行しており、現在も毎年1回、3500kmの距離をバスで走行し、1世を中心に約400人の患者を診察している。
 検査は前もって現地で受けてもらい、それを見ながら診察を行う。処方箋は日ポ両語で書き、ポ語が分からない患者にも理解できるようにしているそうだ。中には、ガンですぐに手術が必要だった時もあったそうで、「すぐにポルト・アレグレの大学病院で手術をしてもらいました」と秀幸氏は巡回診療の重要性を語る。
 巡回診療を継続するにあたり、費用の捻出にも頭を抱えているという。「JICAの援助資金は年々少なくなっています。以前は足りずに、約1万レアルを自費で出していました」と苦悩を語る秀幸氏。資金繰りに困っていた際に日本でその話をしたところ、クラウドファンディングをやることを勧められ始めた。そのお陰で、毎年日本から150万円の資金を集めることができるようになったそうだ。
 また、診療車が古く故障が続いた際には、梅田邦夫前在ブラジル日本国大使に悩みを話した結果、梅田前大使自ら日本政府の草の根支援に話を通し、2000万円用意してもらい診療車が購入できたこともあったとし、「今でも感謝しています」と秀幸氏は微笑む。
 秀幸氏はリオ・グランデ・ド・スル連邦大学で教授を務める傍ら、巡回診療で診察した患者から毎週メールや手紙、電話で連絡が来ることに「もうライフワークになっていますね」と笑う。
 今まで他の日系人の医者が手伝ったこともあったが、金銭面や労力の問題で長くは続かなかった。しかし、医学部に進学した長女の愛子さんと理学療法士を目指している次女の貴子さんが、後を継ぐために現在一緒に巡回診療を手伝っている。「跡継ぎがいることに、日系社会の皆さんも喜んでいるようです」と秀幸氏。「父の代は予防、自分の代は治療がメインだった。これから娘の代になると、もっと重い病気を診察することが増えるはずです」としながらも、「必要とされているから、見捨てるわけにはいかない。90歳まで続けたいと思っています」と巡回診療に対する強い使命感を語った。
2018年9月15日付

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