私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

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≪クモが作った首飾り≫ 川越しゅくこさんからのお便りです。

和田さ~ん & 花坂爺様へ
 
                      しゅくこです
 
和田さん、Jacarandaの成長をご覧になってくださって嬉しいです。
 
もともと雑な性格なので、花と話ができるようになったのはつい最近。
 
おかげさまで、歩くことでいろんな発見があることを知ったのもこの数年。
 
人としては遅咲きですが()、このまま最後まで続けていきたいです
 
今朝は露に光るクモの巣が、まるで首飾りのように見えて、思わず写真を撮ってしまいました。
 
ごらんください。人間にはこんなことできないですね

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五味さんへのお願いです。

7月18日(土)コチャバンバ第2日目の午前中にコチャバンバのキリスト像公園で採集した2840メーターの地に咲くジャカランダとテコマの種を二人で採集してブラジルに持ち帰り直ぐに前田さんに送ればよかったのですが、マナカ他の種と一緒に送る積りで保管していたのですが、今回小出さんにオオゴチョウ(大胡蝶)の種を送る時に一緒に送ろうと思って自宅、事務所を探したのですが、何処に置いたのか見つからず慌てています。見つかれば直ぐ送りたいと思っていますが、見つかりません。何処に行ってしまったのですかね???
五味さんにお願いですが、もう一度キリスト像公園に登り多分今年のジャカランダが咲き始めているのではないかと想像していますが、昨年の完熟したジャカランダのサネをもう一度樹をゆすぶったり下に落ちているのを探して種を採集して下さい。テコマは、まだ樹にぶら下がっているのではないかと思いますので現地の人に手伝って貰って種を採集して日本に直ぐに送って下さい。小出さん宛でもよいし前田さん宛でもどちらでも結構です。
参考に7月22日にBLOGに掲載した文と写真を下記の通りトラックバックして置きます。私の不手際でご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします。

標高2840メートルのコチャバンバのキリスト像公園でジャカランダとテコマの種を五味さんと採集しました。

コチャバンバ第2日目の土曜日にコチャバンバの観光スポットように1994年11月20日に建造されたキリスト像の台が置かれている市内を一望する丘の上に展望台等
360度の景色が楽しめる公園にジャカランダの木とテコマの木が植えられており、公園建設が1994年ですので多分樹齢20年程の木々で街ではジャカランダの花を付けた木が見られましたが、2840メートルの公園のジャカランダは、沢山の昨年咲いた花のサネが多数ぶら下がっていましたが手が届く高さでないので五味さんが太い枝を揺さぶって落ちて来たサネを持ち帰りホテルで種を採集しました。
ジャカランダと並んでテコマの花が咲き沢山のサネがぶら下がって居り手の届きそうな枝からの功労していたら背の高いボリビアーのが手伝って呉れ種の沢山入ったサネを採集して呉れました。正真正銘の標高2840メータの場所に植わっていたジャカランダとテコマの種を採集出来ましたので帰国次第前田さんの所に送ります。
有隅先生から宿題として高所のコチャバンバ盆地、ウユニ(標高4000メートル)、ラパス等にイペーが植えられていないかどうかCHKするようにと云われて居り注意して見ていますが、コチャバンバの街には、ジャカランダの木とテコマは多数見掛け、季節外れに沢山花を付けているのは見つけましたが、残念ながらイペーの植栽は見つけ出すことはできませんでした。
4日目の今日の午後コチャバンバの街の中心地の公園にイペーロッショの花が咲いているのを見つけて写真に収めましたが黄色いイペーの木は残念ながら皆無でした。以前五味さんがイペーではないかと日本に種を送ったテコマは、街の街路樹として方々に植えられて居り種を撒き散らしながら黄色い小さな花を付けていました。
関係写真を貼り付けて置きます。

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≪古いスクラップブックより(その1)≫  2009年1月24日のBLOGより 

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最近、古いスクラップブックブラジル1と云うのが見つかりました。セピア色に変色した懐かしい写真がスクラップされていました。何回かに分けて紹介して行くことにします。
その1は、「ブラジルで3ヶ月もするとこんないなります」とのコメントが付いているのでまだサンパウロ州にいる頃の写真ではないかと思います。多分谷一家が入植していたJAMIC経営のジャカレー移住地の伐採作業中に撮って貰ったものではないかと想像します。パラチー川が移住地の真ん中を流れ移住地がこの川の両側に広がっていました。どんな所だったか一度行って見たい移住地です。1962年の8月頃の写真でしょうか?

私たちの40年!!関連BLOGの2009年1月29日の記事をトラックバックしました。このシリーズは懐かしい写真がその15まで記載されているので毎日1通ずつ祭掲載することにしました。古くからのメンバーの皆さんも6年以上前のBLOG掲載ですので覚えていないのではないかと思いますが、当時コメントして下さった方の書き込みも懐かしいです。その15までお付き合い下さい。
私の青春との邂逅です。NHKの松田さんに啓発されたのですかね。

20年ぶりのパラグアイ③ 親友たちと迎えた年明け 15/04/28  サンパウロ新聞WEB版より       
                                                   

 20年前、柵も何も無かった湾内は奇麗に護岸整備されていたが、その上にあるアスファルト道路は太陽の照り返しを受け、焼かれたような暑さになっていた。あまりの暑さに、近くのバールでビールでも飲もうとするが、良い店がない。
 仕方なくタクシーを拾い、日系人が経営する老舗の内山田ホテルへ。昼食を「すきやき」というホテル内の日本食レストランで取ることにした。二日酔い気味ながら、クーラーの利いた店内でまずはビールで喉を潤す。連日の暴飲暴食のため「盛りそば」を頼むが、麺が何やらモチモチしている。後で聞くと、麺は日本のそばではなく、韓国製冷麺用の麺と聞いて納得。まあ、それでもおいしく腹を満たせたので、記者にとっては何の問題もなかった。
 ホテルを出て、庶民の雰囲気が味わえる「メルカド4(クワトロ)」近辺を通る。旧市街は大みそかであっても、どこかひっそりしていたが、さすがにメルカド周辺は人が多く、雑多な感じがかえって心地良い。メルカドの周辺地域は露店やパラグアイ名物のチーパ(スナック菓子)をはじめ、マテ茶を冷やして飲む「テレレ」セットや日用品などが所狭しと販売されている。
 ブラジル人も陽気だが、パラグアイ人も負けじ劣らずで、カメラを向けると「撮れ、撮れ」とポーズを作ってくれる。
 午後過ぎから友人の上田家族が来て年末のパーティーを行うため、帰り道にあったエアコンの利いたスーパーで、食料や飲み物を調達する。
 それにしても暑い。Tさんのマンションに歩いて帰宅。シャワーを浴びた後にエアコンのある部屋でビールを飲むと、最高の気分が味わえた。
   ◎   ◎
 少し仮眠を取った後、午後5時半ごろから上田さん家族がTさん宅にやって来た。大みそかを同宅で飲み食いしながら新年を迎えようという趣旨だが、既にここ数日は毎日、必要以上に飲み食いする日々が続いている。それでも久々に会った親友たちと過ごすのは、何事にも代えがたい楽しいひと時で、上田夫妻の話を聞きながらもついついアルコールに手が伸びる。
 上田夫妻はそれぞれにオートバイで世界旅行をしている際に出会い、夫の和由さんはその後、南米に移住する決心を固めた。米国やボリビアの日本レストランで働いた経験があり、一時はブラジルでの移住も考えたが、由紀子さんと結婚後はパラグアイで住むことに。現在、アスンシオン市内に前述の日本食レストラン「菜の花」を経営する傍ら、同店の2階で由紀子さんが民宿「らぱちょ」を取り仕切っている。
 「菜の花」は2人の出身の千葉県の県花で、「らぱちょ」はパラグアイの国花から取ったという。ちなみに、「らぱちょ」はブラジルのイペーの花のことだそうだ。
 インターバルを置きながら飲んでいると、新年へのカウントダウンが始まった。年明けとともに街中で花火が打ち上げられ、夜空に上がる光の筋にあちらこちらから歓声が上がるのが聞こえた。(つづく、松本浩治記者)

2015年4月28日付

外交120周年の開幕式典 滋賀との提携35周年と合わせ=ポルト・アレグレ  15/04/22  サンパウロ新聞WEB版より

http://www.saopauloshimbun.com/filePickerPlugin/images/thumb.php?upload_dir=uploads_jp&src=arquivo/siteConteudo/150421top.jpg&w=570&h=185
 リオ・グランデ・ド・スル(南大河)州における日本ブラジル外交樹立120周年と滋賀県との姉妹提携35周年を祝う開幕式典が、7日夕方に同州都ポルト・アレグレ市の州政庁ピラチニ宮で開催された。同州政府サイトによれば、ジョゼ・イボ・サルトリ知事はじめ州政府関係者、梅田邦夫在ブラジル日本国大使、池田敏雄在クリチバ総領事、後藤猛ポルト・アレグレ出張駐在官事務所長など日本政府代表、地域・日系社会の招待者や企業関係者など多数が出席した。 

サルトリ知事はあいさつで、同州の多様性に日本文化が果たした貢献を確認するとともに、経済面における連携の重要性を強調。文化面にとどまらない他分野での協力関係構築、さらに新たな投資にも期待を表した。
 滋賀県との姉妹州県提携は1980年に結ばれ、環境、産業、農業、教育、スポーツなど様々な分野で交流関係が続いてきた。同県の三日月大造知事のメッセージを持参した梅田大使は、知事はじめ同式典開催への関係者の協力に感謝。大使館サイトによれば、日本と同州の経済関係強化、同地で開催される日本祭りなど文化面の交流強化に期待を表すとともに、農業から始まり日系社会の各分野で同州の発展に貢献してきた1世、日系人の尽力に感謝した。同州と滋賀県に加え、姉妹都市(ポルト・アレグレと石川県金沢市、ペロッタスと同県珠洲市)の交流促進にも期待を表した。

 和楽器を中心としたサンパウロの音楽グループ神楽坂トリオの演奏なども式典に花を添え、最後に来賓による鏡開き。一同で乾杯し、節目の年を祝った。
 大使の同地訪問には恵子夫人も同行し、州知事夫人で特別補佐官のマリア・エレナ・サルトリ氏と懇談。知事夫人から大使夫人に南大河州の風物を紹介する写真集が贈られた。
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  開幕式典にあたり、サンパウロ市から日系企業関係者がポルト・アレグレを訪れた。一行は13社の代表とブラジル日本商工会議所の平田藤義事務局長。式典に 先立ち7日午後、白川安弘会頭など南日伯商工会議所代表とともに、州経済開発・科学技術局(ファビオ・ブランコ局長)との懇談会が開催された。梅田大使、 サルトリ知事も出席した。
 懇談会では同州における造船、石油・天然ガス生産や石炭のガス化事業の可能性などについて意見が交わされた。三菱商事や東洋エンジニアリングなどの各企業代表による会社紹介、新規の投資分野に関する説明等も行われ、知事は日伯経済関係のさらなる拡大に期待を表した。
 ブランコ局長は、同州の石炭埋蔵量がブラジル全体の90%を占めることに触れ、環境に配慮した日本の技術によるガス化事業はビジネスの機会と説明。造船分野についても、同州には労働力があり、技術研究センターを有している点などをアピールした。
ポルト・アレグレでは今年8月末、日本経団連とブラジル全国工業連盟による第18回日伯経済合同委員会の開催が予定されている。

2015年4月21日付



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