私たちの50年!!

1962年5月11日サントス着のあるぜんちな丸第12次航で着伯。681名の同船者の移住先国への定着の過程を戦後移住の歴史の一部として残して置く事を目的とした私たちの40年!!と云うホームページを開設してい居りその関連BLOGとして位置付けている。

カテゴリ: 各種行事その他

第60回海外日系人大会の大会宣言=日系アイデンティティを活かして多文化共生に貢献します=2019年10月3日 ニッケイ新聞WEB版より

パネルディスカッション「日系資料館の連携を考える―レガシーを共有するために」右端はブラジル日本移民史料館の山下リジア運営委員長(提供・公益財団法人海外日系人協会)

 私たち、第60回海外日系人大会(2019年10月1日~3日=東京で開催)に世界各地から参集した日系人は、『令和の日本と国際化の懸け橋・日系社会』を総合テーマとして討議し、以下の5項目からなる決議を本大会の成果として宣言いたします。

《1》海外日系人大会の重要性
 海外日系人大会が節目となる第60回目を迎えました。令和初の開催となる本大会では天皇皇后両陛下のご臨席を賜り、温かいお言葉を賜りました。皇室が、世界の各地に暮らす日系人にお心をお寄せくださいますことに心より感謝いたします。
 海外日系人大会は、私たち日系人の声を直接日本に伝える最大の機会であるとともに、日本と私たちの居住国との間の懸け橋の役割を果たしてきています。海外日系人大会の更なる充実と同大会に対する日本国民の関心の更なる高まりを期待します。

茂木敏充外務大臣主催レセプションで乾杯の挨拶を述べる田中克之海外日系人協会理事長(提供・公益財団法人海外日系人協会)

《2》在日日系社会の経験
(1)大会が60回の歴史を数える中、中南米から就業の機会を求めて来日した、いわゆるデカセギ現象に始まる在日日系社会形成の歴史もおよそ30年を数え、30万人を超える日系人が居住しています。規模からいえば、ブラジル、アメリカに次ぐ、世界で3番目の大きさの日系社会です。
 在日第一世代は、就業や子弟教育面などでの問題を抱えながらも日本の経済活動を支える一方、居住国の文化や習慣を日本に持ち込み、日本の内なる国際化・多文化共生社会の推進に寄与してきました。
 今、日本は少子高齢化による労働力不足を補うため、新たに外国人労働者の受け入れを進めていますが、在日日系社会と、日系人を受け入れた地域社会の30年に及ぶ貴重な経験を、政策や行政サービスに生かすよう提言します。
(2)在日日系人の第二世代では、幼少のころに来日した者も含め、異なる文化を背景に持ちながら日本で教育を受け、医師、弁護士などの専門職、起業家、研究者等多彩な人材が徐々に育ってきています。
 しかし、これは一部に過ぎません。子弟の教育問題、特に日本語の習得は引き続き第二世代の最大の課題です。本年6月に日本語教育推進法が施行されたことを評価し、さらに在日日系子弟の教育環境を整備していただくよう政府、地方公共団体、企業の支援を求めます。第二世代は多文化社会に対応できる人材として、地域の国際化に貢献できます。
(3)海外日系社会では四世以降の若い世代に日本で学びたい、働きたいと考える者が多数いますが、四世ビザの条件は厳しく、同ビザによる来日者数は極めて少ないのが現状です。日系四世以降の世代にも三世までの世代と同様に、日本の在留資格について特別の配慮を求めます。

《3》日系レガシー(遺産)の継承と国際日系デーの展開
 昨年のハワイ大会で、私たちは、日系レガシーを誇りとし、次の日系世代や居住国の人々に伝え続けることを決議し、6月20日を国際日系デーとすることを宣言しました。
 これを受けて、本年、若い世代が中心となって国際日系デーを祝う催しや、日系レガシーと日系アイデンティティを再認識する行事が各国で実施されました。9月にはブラジルのサンパウロ市議会が、国際日系デーを同市の行事カレンダーに取り入れるとの決定を行いました。私たちは、日系レガシーと国際日系デーの意義を世界に訴え、世界各地の日系社会間の連携が促進されるよう努力します。

《4》日系資料館連絡協議会の設立
 世界各地にある日系資料館は、その地の日系レガシーを保存し公開する貴重な公共財です。各々の日系資料館の能力を高め、そのレガシーを世界の共有財産とするためには、日系資料館同士の情報交換と連携が必要です。
 私たちは日系資料館連絡協議会の設立を歓迎します。また、サンパウロのブラジル日本移民史料館で2020年にシンポジウムを開き、メキシコの春日財団がデジタル・プラットフォームの設立に協力するという提案があったことを、歓迎します。

《5》活躍するイコールパートナー(対等な協力者)へ
 日系人の家庭に育った若い世代は、日本の文化、言語や価値観を学び理解することで日系アイデンティティの確認につながっています。ITビジネス創出や伝統文化の活性化、さらに人口減少に悩む地方の再生とさまざまな分野で活動する若い在日日系人の取り組みを私たちは応援します。
 日系ネットワークと日本社会の連携が深まり、多文化共生社会づくりに日系人はイコールパートナーとして活躍できることを確信します。
 継承語として日本語を学ぶ子どもたちが日系人のアイデンティティを保つためにも、重国籍の容認に道を開くこと、彼らの継承日本語学習を支援することが重要です。


世界の日系移民資料館連携へ=第60回海外日系人大会=天皇皇后両陛下ご臨席に ニッケイ新聞WEB版より

式典で主催者挨拶をする飯泉嘉門海外日系人協会会長(提供・公益財団法人海外日系人協会)

 海外日系人協会(飯泉嘉門会長)は「第60回海外日系人大会」を1日から3日間、東京都で開催した。『令和の日本と国際化の懸け橋・日系社会』を総合テーマに討議が行われ、四世以降の世代にも三世同様の在留資格の要求することを再確認し、世界各地にある日系資料館同士の情報交換と連携するための連絡協議会設立など5項目の決議を宣言した。(大会宣言の全文を6面に掲載)

 節目となる60回を迎えた今大会の開会式は1日に憲政会館で開催され、天皇皇后両陛下がご臨席され、世界21カ国から約200人が参加。ブラジルからは最多の約60人、続いて米国の約40人、メキシコ24人だった。

記念式典にご臨席された天皇皇后両陛下(提供・公益財団法人海外日系人協会)

 開会式で天皇陛下は、終戦直後の荒廃した日本に海外日系人が救援物資を送ったことへの感謝の気持ちを表すためにこの大会が開始された経緯に触れられ、「その後も、阪神・淡路大震災、東日本大震災など、日本が大きな困難に遭うたびに、世界の日系の人々から温かい御支援を受けてきていることに改めて感謝の意を表します」とのお言葉を述べられた。
 さらに「在日日系人のこの30年余りにわたる経験は、今後様々な文化を受け入れながら発展していこうとする日本社会の貴重な参考になるものと考えます」と今後の関係についても述べられた。
 続いて、安倍晋三内閣総理大臣の祝辞を西村明宏内閣官房副長官が代読し「今年はペルー移住120周年、ボリビア移住120周年、コロンビア移住90周年、アマゾン移住90周年という慶賀の年」と位置づけ、「本大会を通じ、多様な世代や地域を交えた日系社会のネットワークが一層深まり、令和の国際時代に日系人の皆様が一層御活躍され、日系社会が益々発展されることを祈念申し上げます」とのべた。
 海外日系人代表としてブラジル日本文化福祉協会の石川レナト会長が登壇し、「特性を活かし、日系人だからこそ出来る平和的国際社会への貢献の仕方を、この大会を通して構築していければと考えております」と挨拶した。
 その後、アンジェロ・イシ武蔵大学教授が「在日日系30年の歩みと日本の多文化共生」をテーマとする基調講演を30分あまり行った。
 翌日からはJICA市ヶ谷ビルに会場を移し、国際シンポジウム第1部「在日日系30年の経験―日本社会の内なる国際化を見据えて」という公開討論会(進行役=堀坂浩太郎上智大学名誉教授)などが行われた。
 第2部「日系資料館の連携を考える―レガシー(遺産)を共有するために」(進行役=柳田利夫慶応義塾大学名誉教授)には、6カ国の代表が参加。移民史は世界の日系人の共有財産であり、日系資料館同士の情報交換と連携を密にするために「日系資料館連絡協議会」の設立が提言され、聖市のブラジル日本移民史料館で来年シンポジウムを開催することになった。
 第3部は「日系社会との連携を考える―ネットワークとアイデンティティを生かして(ビジネス、文化、地方創生)」で、討議内容を元に5項目の大会宣言が取りまとめられた。夜は外務省飯倉公館で外務大臣主催歓迎レセプションとなった。
 最終日は在日日系人スピーチ「10年後の私」と大会宣言を発表して閉会し、衆参両院議長主催昼食会をもってなごやかに終了した。

恒例のメイデイに第38回南日伯援護協会主催の運動会が開催されました。(続き)

5月1日(水)に天気が気になっていましたが、今年も何とか雨に合わず恒例の運動会を開催できました。
今年の運動会は、初めての試みとして子供たちへのアトラクションとして恵子が企画、提案して実施した援協こども絵画コンクールの1歳-5歳のグループと6歳-10歳のグループに分かれての絵画コンクールが人気を集め合計40件近い作品が集まり、運動会参加者800名近い人達に選んで貰う事にして1等賞は、74票を集めたお子さんに谷口援協会長が賞状と賞品を授与していました。賞品には、グラマードのスノウランドの本人とご両親の入場券が手渡されました。
こんなに沢山の子供がいるかと驚くとともに手に絵の具を付けてお絵描きを楽しむ子供で賑わっていました。運動会とそぐわないのではないかと危惧した企画でしたが、子供たちへのアトラクションとして今後は、積極的にこの種の催しを続けて行くべきだとの声も聞こえ大成功だったといえそうです。
写真を貼り付けて置きます。

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恒例のメイデイに第38回南日伯援護協会主催の運動会が開催されました。

5日程前には、5月1日は、雨との予報が出ており今年もかと心配していましたが、幸い天気に恵まれ風穏やかで鯉のぼり、国旗もはためかない状況でしたが、昨年以上の人出で賑わっていました。遠くカシアスからもバスを仕立てて日本語学校の生徒さんを中心に来ていました。サンレオポルド、イボチ、ポルトアレグレ、グラバタイ、カシアス(団体戦順位)の5団体が選手を纏めて対抗戦に参加していました。近藤領事の着任3周年記念も兼ねておりお元気に半ズボン姿で参加しておられました。年々人が増えるのは、日本人は減って行く傾向にありますが(老齢化)、ブラジル人に人気が出て来ており参加者が増えているようです。ポルトアレグレから車で30分のグラバタイの援護協会の運動場(7,5ヘクタールある)での運動会9時から昼食を挟んで午後5時近くまで熱戦を繰り広げた。75歳以上は、玉入れと幸運の数字と云う番号だけを貰い何もせずに引いた番号の賞品を貰う競技?があり参加してソース他食器の入った袋を貰うことが出来ました。藤沢さんご夫妻、工藤さんのお友達の長谷川さん、元気になられた高梨さんにもお会いしました。
関係写真を貼り付けて置きます。
恵子は、援協子供絵画コンクールを企画、実施しているので事項に譲りますが、1枚だけ登場して貰いました。恵一さんの酒豪ぶりは、有名ですが、ビール8本が並んでいますがこれは一人で飲んだものではありません。
腎臓の提供を受けて移植を成功させ元気にカシアスから日本語学校の生徒さん達とバスで来ておられた高梨さんとのツウショット(唯一の私の写真)も最後に貼り付けて置きます。

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お釈迦さまの生誕を祝う=リベルダーデで今年も花祭り ニッケイ新聞WEB版より

白象をひっぱりながら稚児行列する子ども
 お釈迦さまの生誕を祝う「第53回花祭り」が1日からリベルダーデ日本広場で行なわれ、最終日の6日、しめやかに法要が営まれた。ブラジル仏教連合会(采川道昭会長)、釈尊讃仰会(伊藤パウロ勉(つとむ)会長)、仏教婦人連盟(上村光代会長)とリベルダーデ文化福祉協会(ACAL、池崎博文会長)が共催した。
 ガルボン・ブエノ街の日本庭園には、釈迦が誕生した時に天から甘露の雨が降ったという説話にちなんで、釈迦像に甘茶をかける甘茶接待のテントが1日から作られ、多くのブラジル人も神妙な顔で甘茶を注いでいた。
 法要は田原良樹仏連運営事務局長が司会、采川会長の代理で佐々木エドアルド良法さんが導師を務め、7宗派の総領代表、20人以上の来賓、約25人の稚児と父兄、むつみ幼稚園の子どもたち、仏連コーラス部が参加し、周囲を物珍し気なブラジル人が取り巻いて盛んに写真を撮っていた。
 最初に釈尊讃仰会の伊藤会長が「今年も無事に開催できたことを心から喜びたい」と挨拶した。コーラス部が「衆会」(しゅうえ)を合唱、佐々木導師が灌仏(仏陀像に甘茶をかけること)をし、仏教の基本である三宝に帰依することを表明する「三帰依文」(さんきえもん)が唱えられた。
 佐々木導師は法話で、お釈迦様の誕生に感謝を捧げ、「そのやさしさで私たちを見守ってください」と祈った。来賓として在聖総領事館の楠彰首席領事に続いて、林まどか文協副会長が、昨年の日本移民110周年を機に『リベルダーデ日本広場』に改名したことを振り返り、ACALの健闘を称揚した。
 当日はジョアン・ドリア聖州知事、ブルノ・コーヴァス聖市長からも祝電が寄せられる中、ACALの池崎会長は来賓の名前を列挙し、「お釈迦様が2653年前にお生れになった。それを祝う伝統を、末永く続けなければ」と祝った。
 むつみ幼稚園の児童らが「ハッピバースデイおしゃかさま」などを元気に歌い、お勤めの終わりに読み上げる回向(えこう)を唱和し、婦人連盟の上村会長が「お釈迦様の教えが浸透し、平和な世界が訪れますように」と閉会の辞をのべた。
 法要の終了後は、椎の実学園生徒たちの楽器演奏に先導され、僧侶、稚児らに引かれた白象のお練りが出発した。これは、白象が胎内に入る夢を見て受胎したという釈迦の母の逸話に基づくもの。子供の無病息災や成長を願って、鮮やかな伝統衣装を来て化粧をした子供たちが街中を練り歩く、日本の伝統行事だ。

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